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マリウスは、再び吉田がズルズルと引きずって行き、すっかり姿も声も見えなくなってしまった。
しかし、伊吹の表情は青ざめたままだ。

「伊吹、大丈夫?」
「ふ、藤乃君、僕、秀吾君以外の男の人に抱きしめられちゃった。秀吾君に駄目だって言われてたのに、嫌われちゃったらどうしよう」
「わ、泣くなって! あれは……うーん、そう、挨拶だから! 外国でよくやる挨拶みたいなもんだから大丈夫だよ」
「そうなの?」
「そうなの! だから大丈夫。てゆーか、どんだけ独占欲が強いわけ、伊吹の秀吾君は」
「僕が鈍臭いから、他の人に迷惑かけないようにだと思うよ」

隣にいた藤乃から、盛大な溜息が聞こえてきた。
びくっとしながら伊吹が見上げると、苦笑いした藤乃に頭を撫でられる。それから藤乃に家の中へ促された。



「マリウスさんは、藤乃君がいないと駄目なんだって」

ソファーでお気に入りのクッションを抱えた伊吹は、紅茶も飲んでだいぶ気持ちも落ち着いていた。

「フン! 弱みをみせて気を引くあいつの常套手段だよ。あんな奴の言う事に騙されちゃダメ」
「でも、本当に一人だけで頑張ってたら辛いと思うんだ」
「あいつが一人ぼっちなわけないだろ」
「そうなの?」
「そうなの! 伊吹はお人好しだから、すぐ騙されるんだ」

そう言って、藤乃はむくれながら、伊吹とお揃いのクッションを抱きしめる。

「秀吾君もね、すっごく頑張ってたんだ。マリウスさんと話してたら、秀吾君のそばに行きたいって思ったんだよ」
「けど伊吹……」

藤乃が、伊吹宛てに学校から送られてきた封筒を苦々しい表情で見つめた。

「うん。僕、もう学校行けないかもしれないけど、秀吾君の近くにいたいから自分なりに頑張ってみる。はっきり秀吾君から別れるって言われたわけじゃないし……」
「伊吹、本当に秀吾君が大好きなんだね。俺も協力するよ。学校の事も二人で考えよう」
「ありがとう、藤乃君」

伊吹は、藤乃のその言葉だけでも嬉しかった。

(やっぱり、自分の味方がいてくれるのって、大事な事なんだよね)



◇◇◇



伊吹が楓の着替えを持って病室を訪れると、そこには志鶴がいた。

志鶴の隣に座って、二人で眠っている楓を見つめる。
志鶴は仕事だってあるだろうに、きっとここから離れられないんだと伊吹は思った。

「お母さんはモテるんだよ。でも、恋人も作らないし、再婚もするつもりもないのは、僕のせいなんだ」
「そんな事はないよ」

優しい言葉に、伊吹はフルフルと首を振った。

「僕がトラウマになっちゃったからなんだ。お父さんが死んだのは、僕がワガママを言って、お父さんの言う事を聞かなかったからだって思い込んだから」
「事故だったんだから、伊吹のせいではないよ」
「うん。でもそう思い込んでおかしくなっちゃって、お母さんをたくさん困らせた。だから、お母さんはもう僕の『お父さん』を作るつもりはないみたい。
でもね、お母さんは一人で頑張ってちゃ駄目なんだと思う。だから、志鶴さんがお母さんの側にいてくれて、本当に良かったと思ってるんだ」
「伊吹……」
「僕にも側にいたいって思う人がいるの。だから、僕はもう大丈夫」

志鶴の眉間にグッと皺が寄ったが、口は開かず黙ったまま伊吹の髪を撫でた。

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