ベッドに眠る楓を見つめながら、伊吹は何度も目を瞬かせた。

気を抜くと涙が滲んでくる。
楓が倒れてしまった。病院内だったので、すぐに駆けつけてくれた医者は、過労が原因だと言っていた。
伊吹が退院できるようになって、気が抜けてしまったのかもしれない。だいぶ心労が溜まっていたようだ。

「ごめんなさい。僕のせいで……」

その時、ノックの音が聞こえたので、伊吹は慌ててメガネを押し上げて、目許を拭った。

「伊吹」

入って来た志鶴は、一目見るなり伊吹の肩を抱き寄せる。

「楓姉さんは大丈夫だよ。一晩ここでゆっくりしてもらえば、すぐに笑顔を見せてくれるさ」
「うん。ありがとうございます」

志鶴には伊吹のネガティブ思考もお見通しだったらしい。
ポンポンと大きな手で励まされて、伊吹は笑顔を見せた。

「退院早々、一人では寂しいだろう。今晩は私の家に来るかい?」
「あ、さっき藤乃君から連絡があって、中務の家に来いって、もうこっちに迎えに来てるみたいです」

中務藤乃は、伊吹の幼なじみだ。
伊吹とは違って行動力があり、心配する家族を押し切ってイギリスへ留学していた。
それがつい先日帰国したのだけれど、入院していた伊吹を志鶴が徹底してガードしていたため、まだ会えていない。
そのためか、藤乃に退院する事を伝えたら「迎えに行く!」と家を飛び出してしまったのだった。

「中務さんか、それなら大丈夫だね」
「はい。志鶴さん、何から何までありがとうございました」
「伊吹が気にする必要はないんだよ。叔父として当然の事をしたんだから。それより伊吹、転校の事、よく考えておいてほしい」

志鶴に真剣な眼差しを注がれて、伊吹はうつむく。
大切に思われている事は嬉しいのに、素直に返事が出来なくて、心の中で何十回も何百回も謝った。

伊吹は屋上で発見された時、殴られていた上に、割れたメガネの破片で顔を切ってしまっていた。さらにコンクリートに頭をぶつけたらしく、額からの出血で顔中血まみれになっていたのだ。

しかし、誰に殴られたのかが分からなかった。
伊吹には殴られた時の記憶が一切なく、誰にどうしてやられてしまったのかまったく覚えていない。
学園でひっそりと生活していただけに、伊吹にあんな事をした犯人の事も、ちっとも思い当たらなかった。

楓たちは、学園側に何があったのか説明を何度か求めていたが、調査中と言った返事しかないらしい。
怒り心頭の志鶴が、学園を潰すと言い出した時はびっくりして反対したが、名門校だし、さすがにそこまではやらなかったようだ。
だけど、志鶴の学校に対する印象は、最悪のものになっている。

『伊吹の記憶がないのをいい事に、このまま犯人を隠匿するつもりに違いない。記憶があったら、口止めに動いていたはずだよ。名門校でそんな暴力事件があったなんて、外聞が悪いからね』

志鶴はそう言って、伊吹の入院を一切外にもらさず、面会謝絶にしていた。
記憶があってもなくても、何の後ろ楯もない伊吹を丸め込むために、学校側から何らかの形で接触をしてくると考えていたらしい。

「伊吹も頑張っていたようだけど、あんな目に遭って犯人も未だに分からないままだし、また同じように、いや、それ以上酷い目に遭うんじゃないかと心配でたまらないんだ」
「志鶴さん……」
「伊吹を傷物にしたのは許せない。だから、もうあんな場所に通うのはやめて欲しいんだ」

うつむいたまま、顔を上げる事が出来なかった。
今回の事で、楓と志鶴にずいぶん心配と迷惑をかけてしまった。
でも、学園には秀吾がいる。秀吾と離れなくてはならないのは、伊吹の太めの体もビリビリに引き裂かれそうなくらいに辛いのだ。

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