「とにかく鬱陶しい。俺は今、この可愛い伊吹と付き合ってるんだ!」
「へっ?」

驚く伊吹は、藤乃の長い腕に抱き寄せられる。

「だからお前はさっさとイギリスに帰れ!」
「なんだって!?」
「ヒッ」

くわっと緑色の目で見られて、伊吹は見事に固まった。

「こんなちんちくりんと美しいフジノが!? ありえない!!」
「伊吹の良さは、心根の清らかな奴にしか分からないんだよ」
「僕の心は、プリトヴィツェ湖より澄んでいる。だいたいフジノは可愛い子猫ちゃんなのに、こんなのがフジノを満足させられるのか?」
「伊吹は俺が可愛がるんだよ。分かったなら帰れ! 吉田!!」
「はい、若旦那様」

さっと姿を現したのは、吉田と言う中務家の執事みたいな人だ。
伊吹もよく知っている。何でも出来る凄い人だから、とても尊敬していた。

「この外国人がお帰りだ」
「かしこまりました」
「待ってくれ、フジノ!!」

吉田は、自分よりも大きな男を羽交い締めにして、ズルズルと引きずって行く。
それを相変わらず吉田さんは凄いなぁと思いながら、伊吹は見送った。

「フジノ、僕は君を諦めないから!」
「ウザ……」

情熱的な言葉を叫ばれて、藤乃は吐き捨てるように言った。
眉間に皺を寄せる藤乃を伊吹は心配になって見つめる。
伊吹も色々あったが、留学中藤乃にも色々あったのかも知れない。
自分の事でいっぱいいっぱいだった伊吹は、藤乃の話を聞いてあげられなかった事を反省した。

「いい? 伊吹」
「なあに?」
「今からあの男を見返すくらいに、可愛くなるよ!」
「う、うん、頑張ってね」
「ち、が、う! 伊吹が可愛くなるの!」
「ええっ!?」

(藤乃君、いくら藤乃君でもそれは難しいと思うよ)

とは思いつつも、物凄い剣幕の藤乃には言えない。

「あいつはしつこいから、伊吹を可愛くさせれば納得するはずだから」
「それは、どうかな……」
「こんな下らない事に巻き込んでごめんね。でも俺はやるよ、悔しいから……。伊吹、お願いします」
「藤乃君……」

藤乃の頼みなら、伊吹も協力したい。
ただ、自分ではかなり力不足だとは思った。

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