伊吹は今、屋上に呼び出されていた。

「片村伊吹」
「はいっ」

伊吹を呼び出したのは桐生弥生。背は高いが、小づくりな顔が、繊細で女性的な印象を与える綺麗な人だ。時々、同じクラスにいる秀吾と一緒にいるのを見かける。

「昨日、二階堂と何をしていた?」
「二階堂君は、花壇の花を植えるお手伝いをしてくれていたんです」

手伝うと言う二階堂のせっかくの好意を無下にできなかった。
言動は相変わらずだったが、それさえ気にしなければ、手際よい二階堂がいてくれたおかげで、作業はすぐに終わってしまった。

「お前、秀吾と付き合っているんだよな」
「えっ!?」

伊吹は驚いて声を上げた。
お付き合いしている事は秘密にしていた。
伊吹が言った所で誰も信用しないだろうし、秀吾も吹聴するタイプではないのだが、何かの切っ掛けで秀吾の家族に知れてしまうのは不味いだろうと思ったからだ。

(どうして桐生君が知ってるのかな)

メガネ越しから桐生を見上げるが、ふんっと鼻で笑われた。

「秀吾とお前が付き合ってるのは知ってるんだ。それなのにお前、二階堂と浮気したんだろ」
「え、浮気?」
「しらばっくれるな。二階堂が迫っていたそうじゃないか。お前みたいな不細工は、どうせ舞い上がってすぐに流されたんだろう」

二階堂はちょっと色々曇っていただけで、伊吹に迫ったなんて事は有り得ない。
でも、秀吾以外の人と二人でいたのは、浮気になるのだろうか……。

不安になった伊吹の表情を見て、桐生は侮蔑したような視線を向けてきた。

「お前みたいなのは秀吾に相応しくない」
「相応しくないのは分かってます……」
「なら話が早い。別れろ」
「で、でもそれは無理です」

伊吹が拒否すると、桐生は柳眉を逆立てるようにしながら睨んでくる。
怖い表情にビクッとしながらも、伊吹は恐る恐る口を開いた。

「秀吾君から言われないと、僕……」
「秀吾はお前になんか会いたがらない! ほら、あれを見てみろよ」

桐生がフェンス越しから外を指差したので、伊吹も屋上から下を覗き込んだ。

ここからは、校舎の裏側のスペースが見渡せる。
そこには取り壊し予定の古い旧校舎があるが、森のような木々に囲まれているので、薄暗く湿った雰囲気を漂わせている。
秀吾に近付いてはいけない場所だと言い含められているが、それ以前に、何かが出そうで、絶対に近付くまいと思っていた伊吹だった。

「あ、あそこが何か?」

まさかナニかいるのだろうかと、ビクビクしながら尋ねてみたら、桐生にギロリと睨まれてしまった。

「よく見てみろ」

桐生が指差していたのは、旧校舎ではなかった。ちょっぴり安心して視線を動かすと、旧校舎の手間に一組のカップルがいた。
片方はもっさり頭が特徴的な光希だろう。そして、もう一人は見間違えるはずもない、伊吹の大好きな秀吾だった。
二人がカップルだと思ったのは、ただ一緒に歩いていたからではなくて、寄り添うように腕を組んでいたからだ。

さっきは光希を突き放していたのに、どうしてあんなにくっ付いて歩いているんだろう。
メガネの奥の伊吹の目には、じわじわと涙が溜まっていく。

「な、なんで……」
「分かったか。秀吾には安東光希が相応しい。秀吾もそれを分かっているはずだ」
「そんな……」
「お前がいるせいで、秀吾はこそこそと隠れてあんな場所でないと逢瀬ができない。二人が今から何をするか知っているか?」

言葉も出ない伊吹は、ただブンブンと首を振った。

「好き合った者同士がする事など決まっているだろ。セックスだ」
「……せっ!? えっ?」

(それって、それってどういう事っ?)

「でも、男同士……」

混乱したように伊吹が呟いた。
桐生は心底可笑しくなって声をたてて笑う。
今にも崩れそうなあんな場所で、セックスなど出来るはずないと、ショックで混乱する奥手な伊吹には分からないのだ。

「お前、秀吾と付き合ってた訳じゃなかったんだな」
「えっ?」
「だって、好きならするだろう、そういう事。男同士でも抱き合えるんだ」
「そ、そうなの?」
「そんな事も知らないなんてな。秀吾は慈善事業のつもりでお前と付き合っていたのか、可哀そうにな。そういう事だから、これ以上秀吾に付き纏うなよ」

そう言って、桐生は屋上から去って行った。

(可哀そう……? 僕が? それともこんな僕に付き合っている秀吾君が?)

伊吹の両目からは、涙腺が決壊したようにポタポタと涙が流れる。
涙を拭いながら、ずびっと鼻をすすった。

(きっと、何かの間違いだよ)

秀吾は優しく微笑んでくれたし、手も繋いでくれた。一人で頑張ってる事も伊吹だけに話してくれた。
そんな秀吾が、他の誰かと抱き合うだなんて、伊吹には信じられなかった。

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