3「……綺麗に咲くんだよ」
ぶつぶつと花壇の花達に話しかけながら水をあげる。
傍から見れば怪しい奴だが、話しかけると草花も喜ぶと聞いて、伊吹も実践しているのだった。
伊吹は園芸部ではない。
それなのに花壇の花の世話をしているのは、園芸部の部員に頼まれたからだ。
(彼氏さんとデートなら、仕方ないよね)
ふと、伊吹の手が止まる。
脳裏を過るのは、秀吾の辛そうな表情。
もしかして秀吾は、光希みたいにグイグイ押せ押せな感じが良かったのだろうか。
「ジャマ」
「うわっ」
考え事をしていたから、近くに人が来ていたのに気が付かなかった。誰かに突き飛ばされて、伊吹は花壇の中に倒れてしまう。
「ドンクセー!」
「いい感じに転がったよな! だるまみてー」
クラスの虐めっ子達だった。
花壇の花は、伊吹が倒れたせいで潰れてしまっている。
「花が……」
「お前が潰したんだろ」
「あーあ、せんせーに言っちゃお!」
虐めっ子達は、ケラケラと笑いながら伊吹をからかう。
突飛ばしたのも悪いが、ぼんやりしていた伊吹も悪いと思って反論せずにいると、虐めっ子達の冷やかしは更にヒートアップした。
「こら! 君達やめたまえ」
「やべっ、めんどくせぇヤツが来た!」
そんな時に第三者が現れ、虐めっ子達は伊吹の周りからすぐにいなくなった。
「大丈夫かい?」
伊吹に向かって手を差し伸べたのは、涼やかな美貌の二階堂涼介だった。
軽くウェーブのかかった黒髪は、伊吹の鳥の巣と違って素敵な感じに整えられている。切れ長の目もとと薄めの唇は、一見冷たそうな印象を与えていた。
そんな二階堂に手を差し伸べられ、反射的に手を出した伊吹だが、花壇に埋まった手は泥だらけで、すぐに引っ込めようとした。
でも、すかさず二階堂にその手を捉まれ、そのまま花壇から引き上げられてしまった。
「スミマセン!」
「いや。見事に泥だらけになってしまったね」
「は、花は弁償しますっ」
「君がやったのではないだろう」
「いいえ。僕がぼんやりしながら水をあげてたから」
伊吹がそう言うと、二階堂の整った目もとが崩れ、うっとりと伊吹を見つめてくる。
「やっぱり、君は天使のようだよ」
「……それは天使に失礼かと」
「とんでもない、きっとラファエロやブグローの天使達も同意するはずだよ、アンゲロス」
「あ、あん、げろ……?」
二階堂は非常に残念な男だった。
秀吾が太陽なら、二階堂は月と喩えられる。秀吾と対を為すほどの男で、風紀委員長の覚えもめでたい。
それなのに、どうも伊吹を見る時だけ、視界と思考が曇ってしまうのだ。
伊吹は、そんな二階堂からジリジリと後退る。
「私と手と手を取り合って花壇を甦らせよう。……初めての共同作業だよ、ふふ」
「ぼ、僕が一人でやりますから!」
「あっ、アンゲロス!」
伊吹はその場からダッシュした。
(ごめんなさい、二階堂君。僕はあなたが、あなたが……)
「怖いんですー!!」
伊吹の駆け足なんてたかが知れているが、二階堂は追いかけては来なかった。
(やっぱり僕から離れれば、曇っていた視界も晴れるんだよ)
だが、購買で花を買って伊吹が戻って来ると、どこから調達してきたのか、シャベルを手にした二階堂が待っていたのだった。
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