屋上で、大好きな秀吾が自分以外の誰かとキスをしていた。
ショックで目の前が真っ暗になったが、すぐに秀吾が相手を突飛ばしていたので、不可抗力な出来事だったとわかった。

(秀吾君はモテるから仕方ないよね。僕のそばにいてくれるだけで有難いんだから)

ギシギシと軋む胸を誤魔化しながら、伊吹がそう思っていた時、秀吾と目が合ってしまった。

「伊吹!」

まだまとわり付く子を振り払い、慌てたように駆け寄って来る。そんな秀吾の姿だけで、伊吹は充分だった。

「ごめん。今のは事故みたいなもので無理矢理……」
「うん。分かってるよ」

困った秀吾に安心してもらいたくて伊吹が微笑むと、何故か秀吾の顔が曇る。

「……どうしてそんなに笑ってられるんだ? 他の奴とキスしたんだぞ」
「でも、」

わざとじゃなかったんでしょ、と続く言葉は遮られた。

「秀吾! 突き飛ばすなんて酷いよ!」

怒りながら近づくのは、もっさりした黒髪と大きなメガネの男の子だった。
伊吹と似たような見た目なのに地味に見えないのは、その存在感とピンク色に色付いた唇のせいだろう。その唇が何だかキスを誘っているように見えるのは、さっき見た光景のせいだろうか。

彼は確か、先日隣のクラスに転入してきたばかりの安東光希だ。
始めは「お前のオトモダチが来たぞ」と、虐めっ子達にからかわれていたが、すぐに「お前とは全然違う」になっていた。何でも、転入してすぐに生徒会役員と仲良くなったとかで、学園中が大騒ぎしていたらしい。

「キ、キスした事照れてるなら許してあげるけど」
「お前が勝手にしたんだろ」
「お前じゃなくて、光希だってば! 早く生徒会室行こう!!」
「先に行ってろ」
「やだっ、一緒に行くんだから!」

(何この人、凄い……)

秀吾の乱暴な態度にも驚いたが、秀吾を押しまくる光希にも驚かせられる。

「会長がタルトを用意してるって言ってたぞ」
「本当!? タケルにお願いしてたの、買ってくれたんだ! じゃあ先に行ってるな!!」

嬉しそうにしながら、光希は駆け出した。
二人きりになると、屋上は急に静かになる。

「伊吹」
「はいっ」
「伊吹は、本当に俺が好きなの?」
「……秀吾君?」
「最近、俺ばかりが伊吹の事が好きなんじゃないかって思うんだ」

伊吹は混乱した。
こんなに秀吾が大好きなのに、何かいけない事でもしてしまったのだろうか。
不安になる自分を必死に宥めながら、秀吾を見上げた。

「ごめん伊吹。意地悪な事言って」
「そんな事ないよ! 秀吾君は悪くない」
「伊吹……。今の俺は自分にいっぱいいっぱいで、伊吹に理不尽な態度を取りそうだよ」

秀吾が今複雑な事情の元、家族に認められるように努力しているのは、本人から聞いて知っていた。秀吾がそうやって悩みをぶつけてくれるのは、伊吹は自分が役に立っているようで嬉しい。

「僕は大丈夫だよ」
「……駄目なんだ。伊吹を大切にしたいけど、今のままじゃ駄目だ。暫く時間が欲しい」
「えっ、秀吾君!?」

それだけ言い残して、秀吾は屋上から去ってしまった。

(何で、秀吾君……)

一気に奈落の底に突き落とされたようだ。
空は快晴なはずなのに辺りは真っ暗で、堅いコンクリートだった足元はグニャリと歪んでいる。

大好きな秀吾に嫌われたのかもしれない。
なのに、どうしてなのか、どうしたらいいのか、伊吹には全く分からなかった。

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