19「巫覡様、キール殿が至急お会いしたいと申されておりますが」
「わかった。通して」
ソウタが返事をすると、直ぐ様キールが入室し、長椅子にいるソウタの前で片膝を突いた。
「ソウタ様、枯れ始めていたリンジュですが、ビナでも手の施しようがなく、被害を食い止める事が出来ません。恐れながら、ソウタ様のお力添えが必要かと存じ上げます」
「一体何があったって言うんだ。アレクセイは何か言っていた?」
「アレクセイ様にも報告したのですが、まだ何も」
キールの返答に、ソウタは柳眉を逆立てる。
リンジュがアクロアに咲いたのは、ソウタの力だと言っていたのはアレクセイだった。それにも拘らず、リンジュが枯れそうになっている状況で、直ぐに行動を起こさないのは、自身を二の次にされたようにソウタは感じた。
「何で? リンジュが枯れそうだって言うのに、何をしてるの?」
「は、恐らく、ソウタ様に一任するお考えなのかと存じます。大妃様の容態も芳しいとは言えない状態ですので、ソウタ様どうかお願いいたします!」
「……わかった。取り敢えず、リンジュを見に行くよ」
頷いたソウタは、長椅子から気怠げに体を起こした。
◇◇◇
アクロア城の北にある塔は文殿と呼ばれ、あらゆる書物が収められている。
その文殿で、アリエフは黒龍に関する事を調べていた。
「これも、同じような内容しかないな」
嘆息しながら、アリエフは厚みのある書物を捲る。
黒龍を殺した者は呪われる。黒髪と黒い瞳の者に触れた者は、黒龍の呪いを受ける。黒龍に関する事は一様にそう記されていた。
黒龍の巫覡に関する事も僅かな内容しかない。
アクロアでは、黒龍に対して負のイメージが強い為、アリエフも今まで気に留める事はなかった。しかし、龍の中でも強大な力を持つと言われる黒龍を龍王と呼んでいる国もある。
そんな黒龍に関しての情報が、この国には違和感を覚えるほど少なかった。
「調べ物は見つかりませんか、王子様」
「……誰だ?」
馴れ馴れしく話しかけた従者を見上げたアリエフは、相手が見覚えのない人物だと分かり、身構えた。
青みがかったプラチナの髪とサファイアブルーの瞳。精悍な整った顔立ちは、アリエフの知らない顔だった。従者の衣裳の上からでも分かる逞しい体と、一分の隙もな様子は、相当な手練れだと窺わせる。
この状況で、アリエフの側付きが現れないのは、恐らく男によって動けない状態にされているのだろう。
腰に帯びていた剣に手を伸ばしていたアリエフを見て、男は両手を上げた。
「まあ落ちつきな。黒龍の事が知りたいんなら、話してやってもいいぜ」
「何が目的だ?」
薄らと笑っている男に、アリエフは剣を鞘ごと突き付ける。男の態度は全く変わらない。
アリエフが鞘に手をかけた時、室内に第三者の気配が加わった。
気配の正体であるエイメイが、静かに二人に近付く。
「ロンヤオ殿、こんな場所で何をしておいでですか?」
「……ロンヤオ?」
エイメイが口にした名に、アリエフは眉間の皺を深くした。
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