18「きっと、イリヤ様はそのリンジュを蘇らせて、ここで咲かせたんですね。リンジュに囲まれていたイリヤ様は、穏やかな表情をしていました。ここで、ナギ様の事を考えていたのかもしれません」
ナギの脳裏に、この場所で血を流して倒れていたイリヤの姿が浮かぶ。
苦しみの中でイリヤはリンジュに癒されていたのに、こんなに枯れてしまったら、彼はどうなってしまうのだろう。
ナギは零れる涙を止める事が出来なかった。
「……ナギ様? 大丈夫ですか?」
青年が不安げに声をかけるが、ナギの耳には違う言葉が届いていた。
……──イタイ
……──クルシイ
足元から弱々しい声が聞こえてくる。ナギはしゃがみ込んでリンジュに触れた。
──タスケテ
枯れた花は崩れ、ポロポロと手の平から零れてしまう。
その様子が、ナギにはイリヤの傷付いた心のように思えてならなかった。
助けたい。
ナギが強くそう思うと、体の中が温かくなった。次第にその熱は高まり、頭や指先まで痛いほどに熱くなる。
「ナギ様? だ、駄目です。また力を使ったら体が! ナギ様!!」
急激に高まっていく熱の為か、視界が霞む。
その霞んだ視線の先で、泣いていた青年が長く大きな白い物に変わった。青年だった白いものが、ナギの体に巻き付いてくる。
肌に触れるのは、鱗のような感触だった。
「……龍?」
ひんやりとした大きな体に包まれながら、ナギの意識は途絶えた。
◇◇◇
「アレクセイはどうしたの!?」
「も、申し訳ございません。ただ今執務中でございまして……」
「俺が会いたいんだよ? そんなの、後だっていいじゃないか!」
青ざめながら頭を下げるばかりの侍従に、ソウタは苛々としながら爪を噛んだ。
彼らは、ソウタが不機嫌なのは親友に裏切られたせいだと思っている。そうやってソウタの言いなりになっている彼らに、ソウタ自身は益々苛立ちを募らせていた。
エイメイにはソウタの策略がばれてしまったが、あれから何も言って来ない。
ナギがイリヤに捕えられた時、エイメイはかつてないほど怒りを露にしていた。だから、ナギを追いかけて行ったのかと考えたが、エイメイは城内にいるようだった。
やはり、エイメイにとってナギよりソウタの方が大切なのだ。あの時に怒っていたのも、ナギがソウタの親友だったからに違いない。
壮麗な部屋で、長椅子に横たわりながら、ソウタは錦糸の髪を掻き上げる。
ここでアレクセイに抱かれた事もある。威厳を持ちながらも優美な王が、ソウタを抱く時は凄絶な雰囲気を纏うのだ。
呼べばどんな時でも傍にいた王は、ソウタに夢中になっていたはずなのに、今はソウタは一人だった。
「なんで……」
ナギはイリヤに連れ去られた。だから、アレクセイのあの綺麗な眼は、ソウタだけを映していればいい。
エイメイだって、ナギにあんなに必死にならなくても、ソウタが何時でも相手をするのに。
「ナギは見つかるの?」
「まだあんな奴のご心配をなさるんですか?」
「質問に答えて」
「も、申し訳ございません。ナギは、もう戻らないだろうとアレクセイ様が……」
「そう」
静かに目を伏せたソウタの悲しげな姿は、その美貌をより一層神聖なものに見せる。側仕え達は、心を痛めながらそんなソウタを見ていた。
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