16イリヤが手当てをしたからだろう。体はまだ熱をもっていたが、ナギは寝台から離れる事ができるようになっていた。
靴が無かったため、裸足で床を歩く。大きな扉の前に立ち、両開きの戸を押し開いた。
そっと部屋の外を見回したナギは、目の前の中庭に目を奪われる。濃淡様々な緑と、色とりどりの花々。一際目を引いたのは、赤い東屋だった。
美しい中庭をコの字で取り囲むように棟が建ち、回廊で繋がれている。
その長い回廊を歩き、イリヤを探した。
ナギはどうしても、イリヤの事が気に掛かっていた。
少し歩いて、人の気配がない事に気付く。庭も、大きな屋敷も手入れが行き届いているように感じられるが、辺りは静かだった。
とても綺麗な場所なのに、寂しい。
回廊を歩き、屋敷の奥まで行くと、庭にリンジュの葉が生えているのが見えた。
ナギの足が止まりかけるが、葉が茶色く変色していたため、ゆっくりと歩いて様子を窺う。
すると、奥にあった大きな木の幹に凭れるように、ぐったりと力を無くしているイリヤの姿が目に入った。
「イリヤ!?」
ナギは急いで庭に降り、イリヤの傍に駆け付ける。
イリヤに触れようとして、血の匂いがする事に気付いた。
「怪我?」
「……駄目だ、触ったら」
薄らと目を開いたイリヤが、ナギの手を押し留める。
「でも」
「触ったらいけない」
そう言った後、イリヤは再び辛そうにしながら目を閉じた。
額に浮かぶ汗を拭い、イリヤの体を見ると、背の辺りの服の色が濃くなっている。
「イリヤ、大丈夫?」
返事のないイリヤの上半身をゆっくりとナギに凭れさせ、背中を確認して息を呑んだ。
黒い服が濡れている。イリヤの血だ。
「……誰か! 誰かいませんか!?」
ナギが大声で叫ぶと、すぐに先ほどの青年が回廊を駆けてきた。
「ナギ様? あっ、イリヤ様!」
回廊の行き止まりで足を止めた青年が、イリヤの姿を見て青ざめる。
「イリヤが怪我をしてるみたいなんだ。部屋に連れて行って、手当てをしなきゃ!」
「で、でも……!」
青年は泣きそうになりながら立ち尽くしていた。
なぜか回廊から一歩も動こうとしない。
「すまないナギ、もう大丈夫だから」
「イリヤ!?」
ナギの腕から立ち上がったイリヤは、高い塀を軽々と飛び越え、屋敷の外へ行ってしまった。
「ナ、ナギ様、大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だけど、イリヤが!」
「ナギ様、イリヤ様のあの傷は、どうする事も出来ないんです」
「どう言う事? 沢山血が出てたのに、あのままにしていたら……」
青年は悲痛に顔を歪ませながら頷いた。
「イリヤ様でもいずれ命を落としてしまうかもしれません」
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