15

背中にじんわりとした熱を感じ、ナギは目を開いた。

「振り向かないで」
「……イリヤ?」
「背中を治している。俺でも少しは治せるんだ」

そう言えば、と、ナギはアクロア城で聞いた事のある、イリヤの話を思い出した。
龍を殺したイリヤは、龍の呪いを受けただけではなく、龍の力も手にしたのだと。今、ナギを手当てしているこの力も、龍を殺めて手にしたものなのだろうか。

穏やかに感じる熱は、以前エイメイに手当てされた時のものとよく似ていた。
エイメイは、なぜあの時ナギを助けたのだろう。ナギを疎ましく思っていたのなら、優しくして欲しくはなかった。
今も、掻き毟りたくなるほど胸が痛む。

「すまない、ナギ。嫌だったのか?」

すっと温もりが消え、イリヤが立ち上がる気配がした。

「飲み物を持って来る」

そのままイリヤは部屋から出て行った。
その後ろ姿を見ていたナギは、罪悪感にかられる。
イリヤは何もしていない。それどころか、傷付いたナギを癒そうとしていただけだ。

ソウタ達に傷つけられ、ナギは自分の痛みしか見えていなかったのだと気付く。。
先ほども、ナギを連れ出してくれたイリヤに対し、当たるような態度を取ってしまった。

──戻ってきたら、謝ろう。

そして、イリヤと話しをしてみたいと思った。
イリヤはとても優しい。そんな彼が龍を殺め、アクロア城を攻撃していたのには、何か大きな理由があるのかもしれない。


イリヤの事を考えていたナギは、部屋の中を見回せる余裕が出来た。
部屋は広く立派だった。白壁に窓枠や柱は朱塗りで、大きな窓からはふんだんに日の光が入ってくる。螺鈿細工のようなものが施された調度品や、ナギが寝かされている寝台には天蓋もあり、絹のような柔らかな布が時折風に揺れていた。

「……あ、あの。飲み物を持ってきました」

赤い扉の向こうから、上ずった高めの声が聞こえてきた。
イリヤのものではない声に、ナギにも緊張が走る。

「あの、ナギ様、大丈夫ですか?」
「……はい」
「イリヤ様から、ナギ様にと……」
「はい、どうぞ」
「し、失礼します」

上ずった声のまま、室内に入って来たのはとても綺麗な青年だった。まだあどけなさの残る顔立ちは、少年にも見える。
青い瞳と、艶やかなブロンドの髪は、こちらの世界のソウタのようだった。

茶器を机に置いた青年が、そのまま準備を始めた。しかし、慣れていないのか、その手つきは覚束ない。

「自分で出来るから、大丈夫ですよ」

ナギが声をかけると、青年は勢い良く顔を上げ、ナギを見る青い瞳を見る間に潤ませた。

「ご、ごめんなさい……!」

ナギにそう謝った青年は、涙を零しながら部屋から走り去ってしまった。

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