12

先程から一向に仕事が進まない。
アリエフは握っていたペンを机に置くと、立ち上がって窓の外を眺めた。

目前に連なる山々は、ソウタが現れてからと言うもの、より深緑を増してきている。各地から届けられる報告も、近頃は芳しいものばかりだった。

ソウタの力を見るたびに、イリヤとの暗澹とした問題も、もしかしたら明るい兆しが見えるかもしれないと、アリエフは微かな希望を抱いている。
イリヤが黒龍の力を切望した理由を思えば、アリエフの表情は歪む。

この国にはソウタが必要だ。ソウタを護る事はこの国の為にもなる。
だから、アリエフは先刻別れたソウタの様子が気に掛かっていた。
あの時、ナギをソウタに渡すべきではなかったのかもしれない。普段から、ナギを気に掛けているソウタだからと託したが、なぜかアリエフの胸中に漠然とした不安が過る。
自分の腕の中で、苦し気に涙を零していたナギの頼りない姿が、頭から離れなかった。

なぜ、ナギはこの地に現れたのだろうか。ナギにとって、この国は決していい場所ではなかった。
アリエフがそう考えていた時、大きな爆発音が響き、城が揺れた。


◇◇◇


──早く帰りたい、ここにはいたくない。

涙を流しながらナギが願っていると、不意に周囲の音が何も聞こえなくなった。
その直後、大きな振動を感じ、急に視界が明るくなる。

眩しさに目を閉じていたナギの頬に、誰かの温かい手が添えられた。
いつの間にか、窮屈だった拘束も無くなっている。
まさか、誰かが助けてくれたのだろうか。誰にも必要とされない自分を。

ゆっくりとナギが目を開くと、黒髪と灰色の瞳を持つ見覚えのある男が目の前にいた。
彼の名前は、確か──

「……イリヤ?」

ナギが名前を呼ぶと、彼は灰色の目を細める。
それから、静かにナギを抱き上げた。

「迎えに来たんだ」

初めて聞くイリヤの声に、ナギは体を震わせる。
その時、鋭い声がナギを呼んだ。

「ナギ!!」

エイメイが剣を片手に叫んでいた。
その後ろには、茫然とした表情のソウタが座り込んでいる。
彼らの周囲には瓦礫が散乱し、沈みかけの太陽が、半壊した室内を橙色に染めていた。

「貴様、ナギを離せ!」

日頃の穏やかな様子はすっかり成を潜め、武人のような荒々しさを纏っている。
目に見えない何かが邪魔をしているようで、エイメイはナギ達の傍まで来る事が出来ないようだ。

なぜ、いらない筈の自分にエイメイは必死になって手を伸ばそうとしているのだろう。
ナギがエイメイを見つめていると、イリヤが再び口を開いた。

「ナギ、ここにいたいのか?」
「……ううん」

エイメイが必死になっているのは、ソウタの為だ。
でも、本当はソウタにはナギの存在は必要ない。
エイメイに護られているソウタを見て、ナギの胸が再び痛んだ。

──帰りたい。

「わかった。ナギ、眠れ」

耳に心地よい囁きを最後に、ナギの意識は途切れた。

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