10

ナギが目覚めると、アレクセイの姿は既になかった。

痛む体を起こし、ナギは脱ぎ捨てていた服を身に付ける。
鞭で打たれた背中が熱を持ち、布が触れて痛む。手当は禁じられているため、暫く鈍い痛みが続くだろう。

蝋燭の明かりのみの、薄暗い部屋を出たナギは、ふらつく足を叱咤させながら、長い階段を降りた。アレクセイの居館から早く出たい一心だった。
何度も転がりそうになりながら、漸く壮麗な扉がナギの視界に映る。しかし、あと僅かという所で、何者かの手が延び、ナギの腕が捕らえられた。

「お前、ここで何をしている」

強い力でナギを引き寄せたのは、アレクセイの弟であるアリエフだった。
アレクセイと同じ金を帯びた瞳が、ナギを射ぬくように見据えていた。

細身だが、アリエフは騎士団で鍛えられている。
向かい合うように密着し、アリエフによって拘束された腕は、ナギの背後にまわされ、身動きが出来なくなった。



アリエフは、アレクセイの館を一人で歩いていたナギを見つけた途端、腹の底から怒りがこみ上がってくるのがわかった。
咄嗟にその細い体を拘束すると、反動で背が仰け反り、ナギは痛みに喘ぐように眉を寄せる。顔色は失われていたが、その表情と、露になった頼りなく白い首筋から、何とも言えない色香が放たれているように感じた。
そんなナギの様子を見ていたアリエフの怒りが、一層強いものへと変わる。

「お前、兄上と何をしていた!」
「ッ……」

拘束する腕に力がこもる。
何も答えられずにいるナギに、アリエフの苛立ちも募らせた。

「エイメイに飽き足らず、兄上までも誑かしたのか!?」
「っ、殿下」
「淫猥な者が俺を呼ぶな! お前は兄上を惑わし、交わって殺めるつもりだったのか!?」

首を振って否定するナギの目尻から涙が零れる。
涙が頬を伝って流れて行く様を見ながら、アリエフは表情を険しくさせ、ナギを拘束する力も比例するように強くなる。

「っふ、ぁっ……」

苦し気に息を吐いたナギの体は、アリエフの腕の中でがっくりと力を失った。

「クソッ」

悪態をつきながらも、アリエフは意識を失ったナギの体を抱き留めた。
微かに血の匂いが漂っている。
アレクセイがナギに手を下すのをアリエフは認める事は出来ない。不吉な存在をわざわざ手元に置いておくべきではない。

腕の中でぐったりとする蒼白な顔。背後に控える者達が、固唾を飲むようにしながら視線を向けているのがわかった。
厭われる存在であるのに、良くも悪くも男達を執着させるのだ。

アリエフは兵士達に視線を向けたが、直ぐに戻した。
他の者にナギを託せば、その後どうなるかわからない。忌々しいが、そうなればソウタが悲しむ。
仕方なくアリエフがナギを抱き抱えると、不意に気配を感じた。

「……ソウタ?」

アリエフが振り返った先には、何時でも眩しい花のような笑顔を浮かべていたソウタが、一切の表情を無くしたまま佇んでいた。

「ソウタ、どうした。一人なのか?」
「大丈夫だよ。それよりもさ、ナギはおかしいよね、アレクセイの部屋に行くなんて。ナギは、自分の立場をもっと弁えるべきだと思わない?」
「ああ……、そうだな」

ただならぬソウタの雰囲気に息を詰めながら、アリエフは頷く。すると、ソウタは輝くような笑顔を見せた。

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