「定刻より遥かに遅れたのは何故だ」

怒りを含んだ低い声と共に、ナギに向けられた薄い虹彩の瞳には、濃い憎悪の色が浮かんでいる。

室内に入るなり、ナギは長椅子に突き飛ばされた。痛みに呻く間もなく、アレクセイの凍てついた視線に身を竦ませる。

窓のないこの部屋は、王の居館内にあった。
揺らめくランプの炎が、ここでは珍しい紺碧のタイルの装飾を仄かに浮かび上がらせる。紺碧の壁画は、アレクセイの長いブロンドによく映え、そういった細工は、ここでは至る所に施されていた。この塔全体が、アレクセイの為に計算されて造られた場所だった。

「申し訳、ございませんでした」

ナギの謝罪に、アレクセイの怒りが収まる事はない。
いくらナギが心から言葉を紡いだとしても、アレクセイには決して届かなかった。

「お前が遅くなったが為に、母上が苦しむ時間が増えたのだ。忌まわしい呪咀により体力が失われている今、それが命取りともなる。もしやそれが狙いだったのではあるまいな」
「いいえ、違います。大妃様には……」
「お前ごときが母上の話をするな」
「……すみません」

アレクセイが怒気を露にし、憎々しげだった視線に、より一層憎しみが込められた。
ナギを初めてその目に映した時から、既に憎悪の色はあった。ナギが黒い色を纏っていた所為でもあるのだろう。この国では、黒は大妃を苦しめる忌まわしい色だ。

本来なら、ナギにリンジュを大妃の許へ届けさせる事も避けたかった筈だ。しかし、この仕事はソウタから与えられたものだ。王であるアレクセイも、簡単に排除出来ないのだろう。

「母上を苦しめておきながら、お前は何をしていた。聞けば、エイメイを小屋に連れ込んでいたというではないか」
「……それは、俺が怪我をしてしまったから、エイメイさんが手当てをしてくれただけです」
「己の弱さを盾に、エイメイを引きずり込んだか」
「いいえ。決してそんなことはありません」
「本当か? 回廊で抱き合う姿も見たと言う者もいたのだ。浅ましくも卑しい身で何を企む。エイメイは得体の知れない所もあるが、忠実な男だ。お前がそう簡単に触れていい者ではない」
「……はい」
「立て」

俯いたナギの上から、冷たい言葉が落ちる。顔を上げると、アレクセイの手には、黒革の一本鞭が握られていた。
これから行われる仕打ちに覚悟して、ナギは言われた通りに立ち上がった。

「脱げ」

次に下された命令に、ナギは思わずアレクセイを見上げる。
視線が合うと、アレクセイは嫌悪するように眉間に深い皺を寄せた。

「お前の体に浅ましい痕がないか改める」
「そんな、エイメイ様は何も……」
「口答えするのか? お前を餓えた衛兵共に差し出してもよいのだぞ。さすれば、悍ましいその身は瞬く間に朽ち果てよう」

それがアレクセイの願いなのだろうが、今はソウタを一人には出来ない。
唇を噛み締めたナギは、着ている服に手をかけた。

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