7颯太はその容姿から、幼い頃より注目を浴びる事が多かった。性別を問わず、颯太の周囲には蜜を求める虫のように人が集まってくる。
誰もが甘い睦言を囁き、颯太を欲しいと望んでいた。強い者も、美しい者も。
だから、颯太の周りでは争いも絶えない。颯太を巡って人間達のドロドロとした感情がせめぎ合う。その中から、勝ち残った者だけが、颯太から選ばれる機会を得る事が出来るのだ。
「誠二、どこに行くんだ?」
長身の男を颯太が呼び止める。振り返った男は颯太を見て、普段はあまり変化のない精悍な表情を和らげた。
誠二は強い男だった。颯太とはまた違った意味で人間を惹き付け、動かす。人の上に立つべき男だ。
彼に備わっている風格は、自然と面にも現れている。彼こそが選ばれた人間だった。
「誠二、これからみんなで集まるんだけど」
「あー、わるい。俺は後から行くわ」
その言葉に、颯太の柳眉が顰められるが、すぐに誠二に頷いてみせる。
「相変わらず人気者は忙しそうだな」
「颯太だって人の事は言えないだろ。エイジ達と先に行っててくれ」
「わかった」
誠二と別れた颯太は、親指の爪を噛んだ。
今まで、自分を後回しにする者などいなかった。颯太の気を引くためにわざと一歩引いてみる者もいたが、誠二はそんな小細工をするような人間ではない。
情熱的に颯太を求めていた嘗ての瞳を思い出し、颯太は形の良い己の爪に強く噛を立てた。
颯太達が二人を見かけたのは偶然だった。
「誠二のヤツ、誰と一緒にいるんだ?」
「知らね。誰あれ?」
誠二が肩を並べて歩いていたのは、颯太のクラスメイトだった。クラスでも目立たないような男だが、そんな男を見つめて、誠二は穏やかに微笑んでいる。
「見たことあるけど、ナンつったけ、名前」
「ああ、ナギちゃんだよ」
「えー、誠二趣旨替えしたのかよ……」
「ナギちゃん案外カワイーんだよ。ヤマトナデシコみたいで、誠二ってああゆーのに弱そうじゃん」
エイジが窓越しの二人を見て目を細める。他の者も二人の様子を大げさに持て囃した。
颯太を欲しがる男達は、強力なライバルが目の前で脱落して行く様を眺めて楽しんでいるのだ。
「俺、同じクラスなんだけどさ」
「えっ、颯太とナギちゃんが?」
「うん。それで、みんなに相談があるんだけど───……」
颯太が困ったような態度を見せれば、その場にいる全員が力になりたいと考える。
邪魔なものを排除するのは、颯太にとって他愛ない事だった。
この世界でも、それは同じことだ。
いや、向こうにいた頃よりもソウタを囲む力は格段に上がっている。武力のある者、不思議な力を持つ者、ソウタはゲームを楽しむようにそれらを陥落させていった。
ソウタは気怠い体を起こしてベッドから立ち上がる。
鬱血の花が散る肌に、羽のように軽い極上の薄絹を羽織り、豪奢な扉を開いた。
「……アレクセイ」
「ああ、目が覚めたか」
仕事の手を休めて振り返ったアレクセイは、手を伸ばしてソウタを引き寄せる。それから、貪るように唇を合わせた。
「は……んっ、」
一国の王であるアレクセイの手管は、ソウタをも簡単に翻弄させてしまう。
力の入らなくなったソウタを片手で支えながら、ゆっくりと唇を離したアレクセイは、媚態を晒す体を眺めた。
金を帯びた薄茶の瞳で見つめられ、ソウタの体も次第に昂まる。
国を統べる強い男は、先程ソウタが思い出していた男によく似ていた。
しかし、この強く美しい男は、ソウタ無しにはいられないのだ。決してソウタを手放す事はないだろう。
「アレクセイ様」
執務室の扉を叩き、誰かがアレクセイを呼ぶ。
口を開こうとするアレクセイを、ソウタが唇を塞いで阻んだ。
「……アレクセイ様、報告がございます」
やんわりとソウタを離したアレクセイは、その先を促す。音もなく男が室内に入り、ソウタを一瞥すると、そっとアレクセイに耳打ちをした。そばにいるのに、ソウタにはまったく内容が聞こえてこなかった。
話を聞き終えたアレクセイは僅かに眉を寄せる。男を下がらせると、アレクセイも席を立った。
「何かあったの?」
「ソウタ、暫く休んでいろ」
「アレクセイ……」
自分を置いて去って行く背中が、何故かあの時と重なって見える。ソウタは、無意識に親指の爪に歯を当てていた。
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