6ソウタがビナの小屋を訪れた翌日、ナギは籠を持ってアクロア城の回廊を歩いていた。
籠の中には、摘みたてのリンジュの花と、日に干して乾燥させたものが一杯に入っている。全て大妃のために用意したものだ。
夫である王が殺され、王妃から大妃となった今、イリヤから受けた呪により、表に出る事は叶わなくなり、全身の痛みに日々苦しめられているという。
まだ見ぬ大妃のために、ナギは定期的にリンジュを届けていた。
回廊から眺める庭はとても美しい。季節毎に絶えることなく様々な花を彩らせるのは、ビナを始めとする庭師達の手によるものだった。
祖母の影響で、幼い頃より植物に興味のあったナギは、自然と見事な庭に惹き付けられる。
穏やかな日差しを浴びる庭に、ナギが視線を向けていたその時、頭部と腕に鋭い痛みが走った。
抱えていた籠が落ち、磨かれた床の上にリンジュが散らばる。拾い上げるために、痛みを堪えながらナギが身を屈めると、リンジュ上に赤い血が滴った。
近くには小石が転がっている。誰かがナギに向かって投石したのだろう。
「ナギ!!」
鋭い声を上げたのはエイメイだった。回廊を素早く移動し、赤く染まる手で額を押さえるナギのもとへ駆け寄ると、屈み込むその体を庇うように抱き締める。
「誰だっ、姿を現せ! 王勅への妨害行為は逆心と見なすぞ!」
叫びながら、エイメイは鋭く辺りを見回すが、犯人は既にいなくなっていたのか、人影は見当たらなかった。
「誰がこんな酷いことを……」
ナギを抱えたエイメイの、もう片方の手が、青ざめるナギの額にかざされる。
そこからじわりと温かい熱が伝わり、頬を流れる血が止まった。
巫覡の血が流れる者は、魔法のような力を操ることが出来る。エイメイも、薄いが僅かに巫覡の血が流れているため、簡単な治癒を施すことが出来た。
「ナギ、申し訳ありませんでした。城内にこのような狼藉を働く者がいるとは……」
「いいえ、もう大丈夫です。ありがとうございました、エイメイ様」
「私の力では応急措置しか出来ません。部屋で手当てをいたしましょう」
「自分で出来ますから、大丈夫です。それより、リンジュが……」
薄紅の花びらが、赤い血で汚れている。こうなってしまえば、大妃に届けることは出来ない。
青ざめた顔で、赤く染まったリンジュを眺めるナギを、エイメイは更に力を込めて抱き締めた。
「ここはあなたに優しくない。ナギはここにいるべきじゃないんだ。ナギ、……一緒に行きませんか? 私の故郷へ」
「エイメイ様……。俺はソウタから離れられないから」
「そうですね。ナギがいなくなってしまえば、アクロアは困ります」
ゆっくりとナギを解放したエイメイは、プラチナブロンドを揺らして穏やかに微笑んだ。
「送ります。リンジュは、ビナの家で手当てをしてからでも遅くはないでしょう」
「……はい」
少し強引とも言えるエイメイの口調に、目を伏せたナギは静かに頷いた。
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