「ナギ」
「あっ、はい!」

籠を背負い、開花したリンジュを摘んでいると、白髪の老人がしわがれた声でナギを呼んだ。
庭師であるビナは、ナギにアクロアの植物について指導をしている。忌み嫌われたナギの世話をする、変わった老人でもあった。

「巫覡様がいらっしゃるそうだ」
「はい、わかりました」

先遣いが来たのだろう。
先遣いは王の伝令役であるが、この国には神に仕える巫覡がいる。巫覡は王よりも尊い存在とされるため、王の伝令役が使わされたのだ。

籠をビナに預け、畑に隣接する小屋に戻ったナギは、急いで手を洗い、二階にある箪笥の引き出しから服を取り出した。巫覡様に会うため、ナギは汚れた服を脱いで、上等な布で出来た服を頭から被る。袖を通して、革のベルトでウエストを留めると、下からナギを呼ぶ声が聞こえてきた。

階段を降りると、狭い小屋の中に大きな体躯の男達がひしめき、ナギの行く手を阻む。騎士である男達の鋭い視線が突き刺さり、ナギの足は動かなくなった。

「ナギ、こっちに来なよ」

騎士達の隙間から美しい顔が覗いた。肩まで伸びた金色の髪をさらりと揺らし、ナギに向かって手招きをするのは、共に日本からアクロアに来た瀬田颯太だ。
彼は、かつてナギと同じく黒い髪と黒い瞳だったが、この世界に来たと同時に髪は金色に変わり、瞳は亜麻色に変化していた。

ナギと颯太がこの世界に来たのは、約三ヶ月程前だ。
日本にある高校の校舎にいたはずのナギは、気付いた時にはこのアクロアの地にいた。クラスメイトだった、瀬田颯太と共に。

瀬田颯太とナギはクラスが同じだけで、ほとんど接点はなかった。
中性的な美しさを持ち、明るく社交的でいつも沢山の人間に囲まれていた颯太は、内向的で人付き合いの薄いナギにとって、縁遠い存在だった。

ナギがこの世界に来た日、その日は偶然颯太と同じ日直になり、放課後の教室で一緒に過ごしていた。
仕事をしているうちに日が暮れ始め、浅葱色の空が次第に鴇色に染まり始めると、突然、二人の体が淡く光りだした。次第に強くなっていくその光に驚いているうちに、ここへ飛ばされてしまっていたのだ。



「ナギと話したいから、キールさんたちは出て行ってね」

そう告げたソウタに、護衛の者達は不満そうにする。彼らは、ソウタに忠誠を誓い、彼を守る事に命を懸けている。そのために、少しでもソウタから離れることを厭う。
しかし、ソウタには逆らえず、騎士達は次々と小屋から出て行った。

「おい」

最後の騎士が小屋から出て行き、ナギが扉を閉めようとしていると、キールと言う騎士が目の前に立ちはだかる。

「貴様、決してソウタ様に触れるなよ。俺たちは小屋の外から見ている。僅かでも不埒な真似をすれば、貴様を叩き斬る」

剣の柄を握りながら威嚇するキールに、ナギは静かに頷いて扉を閉めた。


「はあ……、やっと落ち着ける」

ナギと二人きりになったソウタは、光る糸で刺繍を施された豪奢な祭服を脱いでナギの隣に座った。大きく息を吐き、テーブルに肘を付いたソウタが着ているのは、透けそうな程の薄絹で、それだけだと心許ない。

「寒くはない?」
「ん、大丈夫」

ソウタが気だるげに絹糸のような髪を掻き上げる。その拍子に、白い首筋に幾つもの赤い鬱血の痕を見付けてしまい、ナギは悲しげに眉を寄せた。
巫覡は、龍の力を伝えるためにその身を使わなければならなかった。この国で唯一の巫覡であるソウタの身を思うと、ナギは心配でたまらず、いつも心を痛めていた。

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