アクロアは緑豊かな国だった。
北側にある山脈から豊富な水源を得られる事と、肥沃な大地によるものだ。そして、緩やかだが四つの季節が存在する要因も大きい。

そのアクロアを治める王が住む、広大な王城の外れには、半三ヶ月程前、貴重な蔓科の植物のために、畑を整備し面積も広げられた。その畑では、この世界では珍しい黒髪と黒い瞳を持つ人物が、植物の世話をしている。


ナギは、畑いっぱいに伸びた蔓に、白い蕾がいくつも膨らみ始めているのを見て、小さく口元を綻ばせた。
この蕾が花を咲かせると、不思議な事に白かった花びらは薄紅色に変わる。それと同時に、甘く瑞々しい芳香を放つのだ。
この不思議な花はそうやって楽しませるだけではなく、花びらを煎じて飲めば、あらゆる病気や怪我もたちまち治してしまうのだった。

ナギは、以前この花を渡した男の事を思い出していた。あの男の怪我は、もう治ったのだろうか。
怪我をして血を流しているのに、それを感じさせないくらい強い存在感を放ちながら、真っ直ぐに立っていた男。城の兵士だと思っていたが、それは全くの見当違いだった。

後日、ナギが男の事を尋ねると、エイメイは酷く驚き、次に城を攻撃された時には、二度と外に出てはならないと強く言われたのだ。
褐色の肌と黒髪を持つ男、イリヤは龍を殺し龍の呪いを受け、そのために瞳の色が灰色に変わったのだと言う。
前王を殺して王妃を呪いにかけて苦しめ、そして今は、現王であるアレクセイの命を狙っている。
ナギが出会った時、イリヤは城を攻撃していたのだ。

「アクロアの者があなたに辛く当たるのは、王を殺したイリヤと同じ黒髪だからなのです。あなたはイリヤではないのに……」

そう悲しそうにエイメイは言った。
膝を付いてナギから静かに薬草を受け取った男は、怪我をしてまでアクロアを壊そうとしている。彼は、どうしてアクロアを攻撃しているのだろう。
あれから、何度もイリヤからの襲撃があったが、エイメイに匿われていたナギは、彼に会うことはなかった。

薄紅の花を見ていると、イリヤを思い出す。
イリヤもこの花も、とても強い。
薄紅の花は、花弁がなくなれば次々に蕾を付けていく。どんなにたくさん摘んでしまっても、翌日にはこうして新たな花を咲かせようとしている。

ナギは、逞しく、力強い生命力に溢れたこの花が好きだった。だから、日がな一日この花の世話をしているだけでも、充分に幸せを感じられていた。
もしかしたら、この花の世話をすることで、ナギは自分自身の存在価値を見出だしているのかもしれない。

緩やかな風が吹き、小さな花が揺れる。
リンジュ、龍の宝と言う意味があるこの花は、巫覡の花とも呼ばれている。
この世界の神とされる龍の力や言葉を授かり、それを人々に分け与えるのが巫覡だ。龍に愛された巫覡がいないとリンジュの花は咲くことはない。
そして、ナギたちがこの世界に来た時に、リンジュは小さな白い蕾を付けた。

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