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さらり、と髪を撫でられて、重たいまぶたを上げる。
ぼうっとしながら見上げると、朔がことのほか優しい目で見下ろしているから、いたたまれなくて、体に掛けられていたシーツを引き上げた。

風呂から出た後も、散々朔に弄られたせいで体が怠かった。自分がいつ寝たのかも覚えてない。
ベッドに全裸でへたばってる俺とは反対に、朔はしっかりと制服に身を包んでいた。

「もう朝か……。うー、起きなきゃ」
「学校へは欠席の連絡をしましたので、真緒様は俺が戻るまでゆっくりしていて下さい」
「あー、……うん」

そうか、朔は行っちゃうのか。
嫌と言うほど朔に癒されたのに、まだまだ足りないらしい。

それに、朔が今から兄貴の所に行くんだと思うと、このまま行って欲しくないって考えてしまう。
だからと言って、朔を引き留めることなんて出来るはずもなく、サイドテーブルに飲み物とサンドイッチを用意している朔を黙って見守っていた。

「すぐに戻るので、俺が来るまでここで休んでいてくださいね」
「うん? わかった。でも、朔は兄貴の所にいなくていいの?」

そう尋ねると、朔は大丈夫だと言うように笑った。
その笑顔が、何だかいつもより華やかに見えて、俺は思わず見惚れてしまう。

「では、行ってきます」
「……あ、うん」

ちろっと俺が見上げると、朔が小さく微笑んだ。そして、キスをする時みたいに顔を寄せてくる。

こっ、これって、まさかの行ってきますのちゅーってやつだろうか!?

なんだか恋人みたいで恥ずかしい。自分の手を握りしめながら、降りてくる朔の唇を待った。

もうすぐ朔の唇が触れそうって時になって、どくり、と心臓が嫌な音を立てる。

「ぐっ……」

呻いた朔が、両手で俺を押し退ける。それから急いでドアの方へ向かいかけたけど、途中でガックリと崩れるように手を付いてしまった。

「朔!!」
「っ、……うぅっ」

怠さなんてあっと言う間に吹き飛んだ。慌てて苦しそうな朔の元に駆け寄る。
腹を押さえながら、片手で口を覆う朔に、俺の心臓はドクドクと嫌な感じに脈を打つ。

「ま、真緒さま、……お逃げくだ……さい……ゲホッ、ぐっ、ゴホッ」
「さ、朔!?」

咳込んだ朔の口から、鮮血が溢れた。
口を覆っていた朔の手から、赤い血がボタボタ流れていく。

朔の体の中に、何かがいる。朔は逃げろと言ったし、多分悪鬼だろう。
どうやって、朔の中に入ったのか、全くわからなかった。
何とかしたいけど、下手に俺が力を使えば、朔は取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

近くに用意してあった服を急いで身に付けて、俺は兄貴に連絡を取った。




兄貴は直ぐに向かうと言ったが、その間も朔は苦しそうだった。こんなふうになる朔は初めてだから、俺まですっかり血の気が引いていた。

浄化の力を使わずに、朔の中にいるものを探るには、かなり意識を集中させなければならない。でも、苦しそうにしている姿に焦ってしまい、上手く力をコントロールすることができなかった。

「朔、朔……」

こんなんじゃ駄目だ。
上手く原因を掴めれば、朔から排除出来るかもしれないのに。

「ッ、まおさま……」

朔の血を拭っていると、顔を蒼白にさせた朔が俺の名を呼んだ。

「朔、大丈夫だよ。絶対に助けるからね」

深呼吸をしてから、俺は意識を集中させた。
しかし、朔を蝕んでいる犯人の正体は掴めず、朔はついに意識を失ってしまった。




◇◇◇




それからすぐに飛んできた兄貴は、朔の状態を見て絶句した後、急いで九字を結んだ。
苦し気だった朔の呼吸が、幾分落ち着く。やっぱり、兄貴の力はさすがだと思う。

でも、兄貴が言うには、これは応急処置らしいから、しっかりと原因を始末しないとならない。
取り敢えず、朔をベッドに寝かせようと手を伸ばして、兄貴に止められた。

「触らないで」
「兄さん?」

兄貴は、朔の頭を自分の膝に乗せる。それから、朔の乱れていた髪を優しい手つきで整えた。

「真緒は、ここで何をしていたの?」

反対に、俺を見る兄貴の目は冷たかった。

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