涼太とリュシアン

「ノルニル様は、時を司る女神です。過去、現在、未来を操り、我々を育ててくださいました。しかし、大地や人々が傷付いた時、過去に時を戻しても、また同じ時に同じ様な傷を負ってしまうのです。出来た傷は癒さなくてはなりません。ですが、この世界にある癒しの力は乏しいものでした。そのため、ノルニル様はこの世界に精霊様を御召しになられるのです。ノルニル様に選ばれた精霊様は、女神の力を癒しの力に変じ、我々を救って下さいます」

(俺って女神に選ばれた、のか……? たまたまじゃなくて?)

 女神には、ゲームの中か神殿の像でしかお目にかかったことはない。選ばれたという実感は、涼太には無かった。

 神官見習いの中に紛れ込んだ涼太は、ユベールの講義を聞きながら、あれこれと考えを巡らせる。

(時の女神か……。ちっちゃいリュシアンに会った後、急に時間がワープしてたのは、女神の力のせいだったのかな)

 おかげで長い間リュシアンを待たせてしまう事になった。それでもあの時、リュシアンを助ける事ができたのは、本当に良かったと思っている。

 講義が終われば、リュシアンに会える。リュシアンが待った時間に比べれば、それは短い時間だが、とても待ち遠しかった。





 ようやく講義が終わり、ユベールとマルテからのお茶の誘いを丁重にお断りして、涼太は城へと戻った。
 早速、リュシアンに会いに行こうとした所で、シルヴァンとアランに声をかけられる。

「リュシアン様に、急な来客がありまして。申し訳ありませんが、精霊様にはしばらくお待ちいただく事になってしまいました」
「そうなんだ。わかりました」

 話を聞いて涼太が残念そうにしていると、長い廊下の随分向こうの方から、フェリクスがこちらに向かって駆け寄って来た。

「お久しぶりです、精霊さま!」

 遠くの方から走って来たにもかかわらず、息も切らせずニッコリ笑っているのはさすがだが、おととい会ったばかりでお久しぶりはないだろうと思う。

「今日もあの美しい翼は仕舞われているんですね」
「うん。力を使う時以外は出て来ないよ。普段の出し方もよくわからないんだよね。あっても邪魔だからいいんだけど」
「そうなんですか。純白の翼の生えた精霊さまは、とっても綺麗なんですよ。祝祷の時に、遠くからしか見た事がなかったので」

 意識して出せるものでもないのだが、肩を落とすフェリクスを見て、涼太も申し訳なく思ってしまった。

「ところでフェリクス様、そろそろ剣の稽古の時間ではないですか?」
「あ、そうそう、そうなんだけど、兄上が綺麗な女と会ってるって聞いたから、見に来たんだよね」
「わ、殿下っ」

 アランが、しまったというような表情になったのを見た涼太は、フェリクスが言っているのは真実だと確信した。

(リュシアンが、美女と……!? 何だって、物凄く気になる!)

 そう思うや否や、涼太の背中から翼が現れて、体がふわりと浮き上がった。

「あぁっ、精霊さまの翼!」
「おおっ、凄いです」
「出ましたね、翼。リュシアン様は、西の塔にいらっしゃいますよ」

 シルヴァンの声を背後で聞きつつ、涼太は翼を羽ばたかせて窓から外へと飛び立った。




(リュシアンー、どこだーっ)

 体を西に向けると、あとは勝手に翼が羽ばたいていく。
 西の塔の外れの庭に、リュシアンとその他に数人いるのを見つけて、涼太は物陰になる位置に降り立った。
 こっそり顔を覗かせると、リュシアンと数人の騎士たちの他に、ドレスを着た女の人たちがいる。中でも、珊瑚色の長い髪を美しく結い上げた人は、一際綺麗だった。回りにいる女の人は、彼女の付き添いか従者なのだろう。

 綺麗な花が咲く庭で、リュシアンと女の人が談笑している。胸が痛むのと同時に、涼太はどこかで似た光景を見たような気がした。

(リュシアンとセリアが一緒にいた時かな。あの時も悲しかったし……)

 涼太が一人で悶々としているうちに、女の人たちがリュシアンに別れを告げて去って行く。騎士たちも、彼女たちを護衛するようについて行ってしまった。

 一人、庭に残っていたリュシアンは、辺りを見回してから口を開く。

「精霊様、いらっしゃいますか?」

(バ、バレテルー!?)

 リュシアンが両手を広げて待っている姿を見て、涼太の背中の翼は嬉しいとばかりに、バサバサと音を立てた。涼太の体は、リュシアンに向かって飛んで行く。
 涼太を見て、微笑むリュシアンの胸に飛び込むと、翼は満足したように消えてしまった。浮力を失った体は、リュシアンによってしっかりと支えられている。

「あ、あの、重たくないですか……?」

 両足を抱えるように抱かれて、リュシアンが涼太を見上げるような体勢だ。さすがに重たくはないのだろうか。

「大丈夫ですよ。それよりも、あんな所に一人でいらしては危険ですよ」
「どうして俺がいるって分かったの?」
「精霊様が飛び立ったと、バルトルからすぐに知らせが入りました」
「そうだったんだ」

 詳しくはわからないが、リュシアンを護衛している隠密部隊の間に、特殊な連絡方法があるのだろう。

「バルトル、置いてきちゃった……」
「大丈夫です。ちゃんと精霊様をお守りしています」

 いつの間にいたのだろうか。やはり、恐るべき隠密部隊だ。

 涼太を抱えながら、リュシアンは東屋に向かって歩き出した。
 東屋の椅子に涼太を座らせると、リュシアンもその隣に腰を掛ける。
 手入れの行き届いた、色とりどりの花を咲かせる庭を展望できる場所に二人きりだ。涼太は、緊張と嬉しさから、胸をドキドキと高鳴らせた。

「精霊様は、バルトルを置いて行く程慌てて、どうなさったんですか?」
「あー、うん、何か綺麗なお花が見たくなって……」

 心配だったから、とは恥ずかしくて言えない。しかし、涼太の話を聞くリュシアンの、綺麗な笑顔に耐えきれなくなった。

「ごめんなさい。リュシアンが、女の人に会ってるって聞いたから……」
「ああ、先程の事ですか?」

 何の含みもないリュシアンの様子に、何となく安心しながら涼太は頷く。

「彼女の姉が、アジャビナ公国へ嫁いでいるそうで、少し話を伺っていました。フェリクスの留学先として、アジャビナ公国が上がっています」
「えっ、フェリクスの?」

 当の本人は、物凄く他人事みたいに能天気な様子だった。

「まず私が顔を合わせておく必要がありましたので、そのうちに本人の知るところとなるでしょう」
「あ、そうだったんだ」

 リュシアンの微笑みからそっと視線を逸らした涼太は、いつの間にか自分の服をぐしゃぐしゃにしていた事に気付く。
 嫉妬していた事をリュシアンに知られたのは、やはり恥ずかしい。話題を変えるために、以前から気になっていた事を尋ねてみる事にした。

「……ところでさ、リュシアンて俺にはずっと敬語だよね? リュシアンが小さい時は、もっと大人びた話し方だった気がしたんだけど」
「そうですね……」

 リュシアンの視線が、景色を眺めるように外へ向かう。

「あの口調の頃よりも、私は長く生きてしまいました」

 景色を見るリュシアンの目が、一瞬、幼い頃のガラス玉のようだった目に見えて、涼太は彼にしがみ付いた。

「大丈夫! どんな話し方のリュシアンでも、どんなリュシアンでも構わないから!」

 再び涼太を見下ろしたリュシアンの目が、いつもの優しいものになっていたので、安心した涼太は思わず余計な事まで口走ってしまった。

「た、ただ、時々涼太って呼んでくれたら、親しみを感じると言うか何と言うか……」
「わかりました」

 くすりと笑われて、恥ずかしくて俯いたところをリュシアンに抱き寄せられた。
 耳許に唇が寄せられて、吐息がかかる。期待するように、涼太は体を震わせた。

「後にも先にも、私にはあなただけですよ、涼太」

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