33:王子様のTRUEEND

 美しい城にも、暗く淀んだ場所がある。
 地下に続く階段を下って行けば、次第に空気が変わっていく。日の光の届かない場所は、重苦しい気配が漂っていた。

 階段を下りた先にある、重厚な扉の前にリュシアンが立つと、見張りの騎士が鍵を開けた。

 この場所を知る者は限られている。
 嘗て起こった王位争いの際、敵対勢力の主力を幽閉した事から始まったと謂われている。監禁部屋と呼ばれるここは、牢屋とは異なるが、意味は変わらない。そういった部屋が、幾つも存在していた。

 開いた扉の中へ、シルヴァンと共に入る。
 中は、一見普通の部屋の様にも見える。チェストにクローゼットに寝台。異変があるとすれば、窓が無い事と、鎖に繋がれた人間がいる事だ。

「リュシアン様……!」

 セリアが立ち上がって歩き出そうとしたが、鎖に邪魔をされ、リュシアンの元へは辿り着けない。更に手を伸ばそうとするのを、鎖を握る者に阻まれていた。

「セリア様、まだ話は終わってないですよ」

 尋問中だったアランが、セリアを再び椅子に座らせようとする。
 それから逃れるように、セリアはリュシアンに助けを求めた。

「どうして僕がこんな扱いをされるんですか? リュシアン様、助けに来てくださったんですよね!?」
「セリア、尋ねられた事を偽りなく全て話せば、その拘束は外してあげよう」
「どうして、こんなのは嫌です!」
「セリア様、さっきのセルジュを見ましたよね? あっちのやり方が良かったですか?」

 鎖を引きながらアランが問えば、セリアは顔色を無くして椅子に座り直した。
 セルジュには、彼に相応しい方法で尋問が行われている。今ではすっかり夢中になっている様子だった。アランは、わざわざその様子をセリアに見せていたのだ。

「僕がこうなってしまったのは、今までこの国のために力を使ってきたからなんですよ」

 自分を抱き締めるセリアの、美しかった紺色の髪はすっかり色褪せ、肌の張りは失われている。嘗ての美貌は、すっかり衰えていた。

「そんなの、元はセリア様が神具を盗んだからですよね。神具があれば、正当に精霊様に来ていただけたし、もっと早く助かる人だっていたんだ。あんただって、そんな風にはならなかったはずだろ」

 これまで淡々としていたアランの、怒りを湛えた様子に、セリアは息をのむ。それから、微かに体を震わせて、紺色の目を涙で潤ませた。

「……だって、僕はリュシアン様のために、アーレンスの力になりたかったから……、あっ!」

 アランが鎖を引き、反動でセリアが椅子から転がり落ちる。

「結局、あんたは自分の事しか考えていないじゃないか」

 今にも手を出してしまいそうなアランを、シルヴァンが止めに入る。
 肩で大きく息をしているアランに、リュシアンは声をかけた。

「アラン、お前は少し下がっていろ」
「殿下、ですが!」
「私もセリアに話したい事がある」
「わかりました」

 シルヴァンとアランが退席し、リュシアンとセリアを残して、再び扉が閉ざされた。
 リュシアンは、倒れていたセリアに近付き、手を差し伸べる。

「リュシアン様」

 ポロリと涙を流すセリアを椅子に座らせると、リュシアンは彼に向かって優しく問い掛けた。

「セリアは、私のために力を尽くしてくれたんだな?」
「はい……! 今までずっと、リュシアン様のために頑張ってまいりました」
「なぜ、そこまで私のために?」

 そう尋ねれば、セリアは頬を染めながら、リュシアンを見上げてくる。

「それは、僕はずっとリュシアン様をお慕いしていたからです」
「私の事を? 本当に?」
「本当です、嘘ではありません! ずっとリュシアン様に振り向いてもらいたかった。おそばにいたかったんです」
「そうか。ならば、私と離れ離れになってしまったら、辛いな」
「はい。離れたくありません」
「私のそばにいるために、セリアは精霊様を傷付けたのか?」
「それは……」

 言い淀むセリアを見ているうちに、リュシアンは耐えきれずといったふうに、笑いを溢した。

「リュシアン様……?」
「私にはわかるよ、セリア。そばにいたい人のために、他人を陥れようとする気持ちが」

 唇は笑みを湛えているが、決して笑ってはいない。
 そんなリュシアンの雰囲気に、得体の知れない恐ろしさを感じて、セリアは唇を噤んだ。

「もう一度尋ねる。セリア、お前は本当に私の事が好きだったのか?」

 青い目を見つめながら、セリアはリュシアンの質問の意味を計りかねていた。
 これまでずっと、リュシアンを想っていたし、好意だって示した。それが伝わらなかったのだろうか。

 昔から、そう、この世界に来て、初めてリュシアンを見た時から好きだった。 それは、大好きだった人にとても良く似ていたからだ。姿形も、仕草も性格も何もかも、リュシアンは理想的だった。そんなリュシアンを自分のものにしたいと思うのは、仕方がない事だ。
 だから頑張っていたのに、こちらの世界でも邪魔者が現れた。

「毎日毎日、画面の向こうで精霊様が犯されている姿を見ながら、お前は何をしていた?」
「……リュシアン、さま?」
「涼太に良く似た人間が、あらゆる媚態を晒すのを見ていたんだろう」
「な、何を仰っているんですか、僕には意味が、分かりません」

 リュシアンは何を言い出したのだろうか。
 ドクドクとセリアの心臓が大きな音をたて、背中には冷たい汗が伝う。

 涼太に良く似た人間。それは、ゲームでの話だ。
 リュシアンが知るはずもない、セリアの以前の出来事。
 毎日プレイしては、涼太に似た精霊が泣きながら凌辱されているのを見ていた。それは、涼太が憎かったからだ。現実には不可能な事を、あのゲームは実現してくれる。
 男たちに嬲られて、ぐちゃぐちゃにされる姿を見て、自分は……、自分は……?

 セリアは、目を見開きながら口を開いたが、そこから何も言葉を発する事が出来ない。

 乱れる精霊の姿を見ながら、確かに自分も興奮していた。体中を愛撫され、男たちに貫かれている姿から目が離せなかった。
 自分も、男たちと同じように白い体を貪りたい。そんな欲求から、必死に目を逸らしていた。

 涼太を裸に剥いて滅茶苦茶にしたい。それと同じくらい涼太が大切だった。
 何があってもいつも笑顔で、優しく自分を受け入れてくれる。綺麗で可愛くて格好良くて、最初から好きだった。
 ずっとそばで見ていたからわかった。涼太の目が、違う人を見ている事に。
 その鬱憤を晴らすために、ゲームをプレイしていた。だが、感情は逆ににエスカレートし、画面だけでは我慢出来なくなってしまった。
 涼太を手に入れる。そのためには、邪魔者を排除しなければならなかった。
 だが……。

 ガタガタと体を震わせながら、セリアの見開いていた目から止めどなく涙が流れ落ちていく。

「思い出したか? お前が本当に愛する者を」
「……あ、あ……」
「お前は、私から大切なものを奪った。分かるだろう。離れ離れにされる辛さを、お前ならな」
「……ぼ、僕は……」

 唇を震わせるだけで、言葉に出来ない。そんなセリアの様子を見て、リュシアンは微笑んだ。

「精霊様は仰っていた。マルテを傷付けた人間を絶対に許さないと。お前は精霊様から癒されたが、決して許された訳ではない」
「あ、どうして……僕はっ! 涼太……!!」

 自分は今まで、一体どうして涼太への想いを忘れてしまっていたのか。あんなに好きだったのに。
 茫然自失になったセリアは、椅子から崩れ落ちる。

 視線の先に、リュシアンの足元があった。何故、自分が忘れていた事を知っていたのだろうか。
 目の前に立つ男が、心底恐ろしかった。

「……あ、あなたは、一体……」
「お前が知る必要はない。精霊様が許して下さるまで、大人しく反省している事だ」

 去って行く後ろ姿に向かい、セリアは叫んだ。

「おっ、お願いします! 涼太に、涼太に会わせてください!!」

 叫び声は、分厚い扉に阻まれた。







 長椅子に横たわる体を、淡い光が照らしている。うっすらと発光しているように見えて、リュシアンは目を細めた。

 少しも変わりない、柔らかい頬に触れる。
 温もりを感じられるだけで幸せだった。黒い瞳に己の姿が映った時には、今いる自分の存在価値を感じられた。
 だが、罪深く無慈悲な人間には、相応しくない。全てを自分のものにしたいという思いは、烏滸がましいものだった。

 リュシアンが、涼太からそっと手を離そうとすると、温もりを求めるようにすりよってくる。
 安心したように眠る涼太と、何時までもこうしていたかった。






 羽を受け取るのと同時に、大切な人は再びいなくなってしまった。
 代わりに現れたのは、真っ白な世界。

 白いドレスの女が、目の前にいた。降り注ぐ眩しい光で、顔を見る事はできない。

「あの子が必要とし、選んだのはあなたでした」

 バサバサと、自分の背中の翼が音をたてる。

「過去に引きずられないために、あの子の以前の心を少しだけ封印しました。家族への執着、友人への思い。それから、あなたの事」

 黙ったまま、喋り続ける女の話を聞いていた。

「ですが、最後と最初まで、あの子はあなたを助けました。だから私は、あなたに尋ねたい。……あの子の過去は封印されたままですが、あなたはどうしますか?」
「今度こそ、必ず守る」
「わかりました。何かの切っ掛けで、封印が綻びる事もあるかもしれません。その時、元の世界へ戻るかどうかは、あの子の選択に任せます」

 その言葉を最後に、白い世界は消えた。

 脳裏は、真っ赤に染まっていた。
 沢山の血を流している細い体。自分は、流れる血を抑えながら、ただ叫ぶ事しか出来なかった。
 今でも甦るのは、冷たくなっていく体温と、自分を見て安堵するように浮かべた微笑み。
 リュシアンは、ずいぶん小さくなってしまった己の手を握り締めた。

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