32:王子様とHAPPYEND「だったら、リュシアンに、また羽を渡せないのかな……」
羽にそんな機能があったなんて知らなかった。
リュシアンがそう思うなら、羽くらいいくらでも、と涼太は考えたが、リュシアンは頷かなかった。
「私には、そのお気持ちだけで充分です」
「けど、リュシアンが大変な時は、絶対に助けるからね。羽だって、いくらでも渡すよ」
そう言うと、リュシアンが涼太の手を掴んだ。
「いいですか、もし何かがあったとしても、私を助けるために、絶対にあなたの命は投げ出さないでください」
リュシアンの真剣な表情に、涼太は唇を引き結ぶ。
掴まれた手が痛みを感じるほど、リュシアンは本気で言っていた。
幼いリュシアンの何も映していなかった目。もし、精霊を失ったら、再びあの目に戻ってしまうかもしれない。
リュシアンを守るために、涼太は自身も守らなければならないのだ。
「その時はリュシアンも助けて、自分も助かるよ。絶対に」
青い目を見ながらそう言えば、涼太を掴んでいたリュシアンの手から、力が抜ける。
「……取り乱してしまい、申し訳ありません」
「ううん。今まで散々迷惑かけちゃったし、リュシアンが心配するのは仕方ないよ」
「私は、迷惑だとは思った事はありませんよ。あなたを守るためなら、どんな苦労も厭いません。あなたに助けられてから、こうして再会出来る日をずっと待ち続けていました。あなたによく似た像を造らせてしまうほど」
(……ん、んん? それって、どういう意味だ……?)
「あの、あれっ? リュシアンて、精霊が、大事なんだよね?」
「はい、大事です」
「俺が、精霊だからだよね? だから大事だって……」
そう尋ねると、今まで握られていた手をそっと離されてしまった。
「もちろん、精霊であるあなたも大切です。ですが、希望を与えて下さったあなたは、私の特別です。あなたが、他人から与えられる好意を苦手にしている事は分かっております。ですが、密かに想うことをお許しください」
涼太は、離れたリュシアンの手を今度は自分から掴んだ。今離したら、絶対に後悔する。
そんな涼太の行動に、リュシアンは驚いた表情になった。
「リュッ、リュシアンのは別!!!」
「精霊様……?」
「俺もリュシアンが、と、特別だから!」
そう言うのが精一杯だった。
ドキドキしすぎて頭も胸もいっぱいだし、リュシアンの言葉が嬉しくて、勝手に涙まで出て来てしまう。
そんな涼太を見たリュシアンが、柔らかく微笑んだ。
嬉しそうと言うよりは何だか切なそうで、どうしてリュシアンはそんな表情をするのか、涼太は不安になる。
「見知らぬ世界で、最初に助けた私を信頼して下さっているのですね」
「違うよ! その前からずっとリュシアンが特別だった。アーレンスだって、リュシアンの国だから、みんなのために力になりたいって思ってた。でも、一番幸せになってもらいたいのは、リュシアンだ。リュシアンは、どうしたら幸せになれる?」
一気に捲し立てるように言えば、リュシアンは驚いた表情から、今度は眉根を寄せた、苦しそうな表情になってしまった。
そんな辛そうな表情を見ているのは、涼太も辛い。
「……あなたが、ずっと私のそばにいてくだされば、私はそれだけで幸せです」
「いる! ずっと死ぬまで、死んでからもリュシアンのそばにいる!」
涼太がそう言えば、リュシアンは目を閉じた。じっと何かに耐えるような雰囲気だった。
それから、再び涼太を見たリュシアンは、キラキラと輝くような微笑みを浮かべていた。ようやく幸せそうな表情を見せてくれて、涼太も嬉しくなる。
リュシアンは、それほど涼太の事を想ってくれていた。
繋がっていたいと言ったのは、精霊の涼太とではなくて、涼太自身との事だったのだ。
「あの時、俺が薬でおかしくなっていた時だけど、どうしてリュシアンは、俺に触るのを怖がっていたの?」
「それは、あなたにもっと触りたくなる気持ちが暴走してしまいそうだったからです。傷付いていたあなたを、更に傷付けたくなかった」
「リュシアン……。でも、やっぱりリュシアンは俺にとっての特別だよ。他の人に触られるのは嫌だったけど、リュシアンは嫌じゃなかった」
リュシアンを掴んでいた涼太の手が、リュシアンによって引き寄せられる。
「あなたは、状況がわかって仰っているのですか?」
間近にあるリュシアンの顔を見て、自分の言葉の危うさに気付いた。
けれど、本当の事だから否定をするつもりはない。
想いが通じ合ったなら、手を繋いだり、ハグをしたり、キスだって色々してみたい。相手がリュシアンならドキドキして、幸せな気持ちになれるだろう。
「私は、あなたが本当に私を愛してくださるまで、あなたを奪う事はできません」
「奪うって、え!? どういう事?」
(愛するって何? 俺の今の気持ちは、愛とは違うのか?)
「愛かどうかなんて、リュシアンにはわかるの? もしかして、俺の事が好きじゃないから……?」
「いいえ。私のあなたへの想いは充分に満ちています」
改めて言われると恥ずかしい。顔を赤くする涼太を見るリュシアンの目は、本当に優しくて、それが本心だとわかった。
「な、なら、俺がリュシアンがその気になるように頑張ればいいんだよね」
顔を真っ赤にさせながら、涼太はリュシアンに抱きついた。
細く見えるが、鍛えられた体はしっかりしていて、それにいい匂いがする。
涼太は、今までこのリュシアンに守られていたのだ。
「精霊様……」
「俺の幸せが何かわかった」
「何ですか?」
「リュシアンとこうしてくっついていられれば、凄く幸せ」
涼太の背にリュシアンの腕が回ったかと思うと、そのまま強く抱き締められた。
「……涼太……!」
感極まったように漏れた、涼太を呼ぶ声に、涼太の体は震える。
「あなたが幸せなら、いくらでも」
そんな言葉を、涼太は静かに涙を溢しながら聞いていた。
(──そうだ。俺は本当に好きな人と、幸せになりたかったんだ。リュシアンのお陰で、やっと願いが叶えられたよ)
「長い間、一人で待たせてごめんなさい。これからは、二人で幸せになりたい」
片腕で抱き締められたまま、リュシアンの少し冷たい手が、涼太の頬を包む。
泣いていた涼太を見て、リュシアンは少し困ったような表情をしながら、涙を拭ってくれた。
それから近付いてきた美貌に目を閉じると、そっと唇にリュシアンの唇が重なった。
静かな口付けだった。
リュシアンは、涼太の言葉を受け止めてくれた。了承と誓いのキスだ。
(……とりあえず、最初の目標は、リュシアンとのラブイチャだよな)
二人で幸せになるために、どうやって怖がりなリュシアンをその気にさせるか、涼太自身の手にかかっている。
初めてのキスに再び顔を赤くさせながら、涼太はリュシアンに抱き付いた。
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