31:思慕と罪悪 涼太が馬車に乗った時には、ワサワサしていた背中の翼は消えていた。
リュシアンが涼太を抱えるのに、邪魔そうだなと思っただけで消えてしまったのだ。どこまでもリュシアンを基準にしているらしい。きっと、リュシアンが翼を出せと言えば、すぐにでも出てくるだろう。
馬車では、みんなが笑顔で手やら花やらを振ってくるので、涼太は笑顔を絶やす事が出来なかった。お陰で顔が筋肉痛になりそうだ。
ランデブーとはデートの事らしいが、リュシアンと二人きりとは言え、まったくそれを楽しむ余裕はない。御者台にいるシルヴァンに、文句の一つも言いたくなった。
城に到着したらしたで、リュシアンは騎士たちに迎えられた。早速、セリアへの聴取へと向かわないとならないらしい。
有能な王子様は忙しいのだから仕方がない。
涼太は、自分のフルネームを呟いていたセリアから、直接話を聞いてみたかった。しかし、セルジュの時と同様に却下されてしまう。
確かに、恨まれている涼太が顔を出したら、聞ける話も聞けなくなってしまうだろう。
「彼らと、どんな話をなさりたいのですか?」
「どうしてセリアとセルジュが、俺を憎んでいたのか理由が知りたいんだ。そのせいで傷付いた人もいるし、俺が悪かったならそれを知っておかないと、また同じ事が起こったら……」
「わかりました。ですが、この事で精霊様が悲しむ必要はないんですよ。精霊様を貶めるために、周囲を傷付けたのは、彼らが愚かだったからだ。そもそも、精霊様に手を出そうと考える事自体が間違っていたのです」
そう言い残して、リュシアンは行ってしまった。
残された涼太は、何故かリュシアンの部屋に案内され、いつの間にかいたバルトルに、ヴィオの実を剥いてもらっていた。
そう言えば、リュシアンは精霊の像を御神体にするほどだったから、セリアの聴取は一方的なものになりそうだ。それは、さっきの涼太への言葉からも窺える。
(俺が、リュシアンの理想とするような精霊になれるとは、思えないんだけどな……)
ヴィオの実をかじりながら、涼太は段々と憂鬱な気持ちになっていく。
アーレンスの人々の反応といい、大きすぎるプレッシャーから、ネガティブな思考に陥っていた。
「俺にやって行けるのかな……」
思わずポロッと出てしまった台詞に、バルトルは頷いた。
「精霊様が人を助ける度に、私がお守りしているのは、間違いなく精霊様なんだと実感させられております。精霊様は、そのままで充分だと思いますよ」
「……あ、ありがとう」
真顔で言われると、照れてしまう。が、バルトルもどちらかと言うと、精霊という存在に夢を見ているような気がしなくもない。
(マルテもそうだし、フェリクスもそんな感じだったよな、そう言えば……。この国って言うか、この世界自体がそうなのか)
「お疲れになりましたか?」
ヴィオを食べる手が止まってしまった涼太に、バルトルが気遣うように声をかける。
「うん、大丈夫だけど、さすがに色々ありすぎたから」
「では横になってお休みください。殿下が戻られるまでは、暫くかかりますので」
少し一人になりたい気持ちもあり、涼太はバルトルの提案にのり、長椅子で横になった。さすがに、リュシアンの寝台に寝る度胸はない。
バルトルが退出すると、涼太の体に、一気に疲労がのし掛かってきたような気がした。
ゆらゆらと体が揺れて、涼太の意識は浮上する。
目を開けて飛び込んで来た美貌に、涼太は言葉を失った。眠気はすぐに飛んでいった。
「精霊様、このまま寝台でお休みください」
長椅子で眠ってしまった涼太を、リュシアンが寝台へ運んでいる途中だったようだ。
そっと寝台に降ろされて、涼太はドキドキしながら棒のように固まった。
(リュシアンのベッド……。って、いやいやいや、それ所じゃなかった)
セリアの話を聞くために、リュシアンを待っていたのだ。涼太は、寝台の上に体を起こした。
「リュシアン、お疲れ様。あの、セリアは何か言っていた? それからセルジュはどうだった? 二人はこれからどうなるのかな」
矢継ぎ早に尋ねる涼太に、リュシアンは苦笑いするような表情になった。
それから、寝台に腰をかけたので、涼太はどきりとする。近付いたリュシアンの青い目は、とても綺麗だ。
「セリアは、精霊様から力を受けて、目が覚めたのでしょう。今まで犯した罪を償うため、精霊様に助けられた命を使うそうです」
「そうなんだ……」
反省しているなら、それに越した事はないが、あんなに涼太を恨んでいそうだったのに、随分とあっさり心を入れ替えたようだ。
「セルジュは、彼は体が弱かったのをセリアに漬け込まれていたようです」
リュシアンが言うには、精霊ではないセリアがオンディーヌの輪を使うと、膿のようなものが溜まってしまうらしい。それを綺麗にするために、セルジュを使っていたそうだ。
あなたはもうすぐ死ぬ定めだからと言ってセルジュを丸め込み、膿を綺麗にしつつ、仲間を増やすのに利用していた。
膿の溜まったオンディーヌを身に付けた人間の体液を与えれば、その相手を意のままに操れる。おそらく、涼太に見えていた黒い靄の正体が、その膿と呼ばれているものだったのだろう。
元々、セルジュは性に関しては奔放だったらしく、長生きもできる上、色んな人間と関係を持てるのを楽しんでいた。
涼太を嫌っていたのは、精霊にオンディーヌを取られたら、死んでまうと考えていたからだ。
「二人には、それなりの罪を償ってもらいます」
「でも、セルジュの体は大丈夫なの?」
「体が弱いと言っても、それで死ぬようなものではありません。あれだけの人間と体の関係があった者が、そう簡単に死ぬなんて事はないはずです」
「はい。仰る通りだと思います」
それに関しては、清純そうなのは見た目だけだったんだと、改めて突きつけられた。なかなかショッキングな事実だった。
(セリアも、武装してた男の人たちとエッチしてたんだよな。……リュシアンを自分のものにしたくて、捨て身だったのかな)
「セリアが俺を憎んでいた理由は、わかった?」
「それは、セリア自身が精霊になりたかったからだと言っていました」
「そっか……」
(やっぱり、リュシアンの事が好きだったんだ)
おそらく、元はリュシアンが義兄に似ていたからだ。きっと、日本でのセリアは義兄が好きで、それで涼太を憎んでいたに違いない。
学校では、涼太は義兄に守られていた。それは涼太が桔流家として、相応しくない行動を取らないように見張るためでもある。しかし、端から見れば、それは充分大切にされているように見えていただろう。
理由は分からないが、この世界ではセリアになってしまい、リュシアンに想いを寄せるようになる。元々義兄が好きだったなら、あり得る事だ。
けれど、リュシアンは精霊教だったから、セリアの想いは一方的なものだったに違いない。何とか振り向いてもらえるように、あの手この手を使っている所で、精霊として涼太が現れてしまったのだ。
「オンディーヌの輪は壊れてしまったけど、大丈夫なのかな?」
「はい。精霊様がお目覚めになったのと同時に直りました。精霊様は、すでに神具の必要は無くなったため、再び神殿で管理する事になるでしょう」
「そうなの!?」
真っ二つになっていたのに、直ってしまうとは。なんてファンタジーなんだ。
「目覚めるって、俺に羽が生えた事だよね。けど、それってリュシアンに羽をもらったからで……。あれ、でも元々は俺がリュシアンに渡したもの?」
「元は、精霊様の翼の一部でした。精霊様が力を使う度に、その時だけ、私にも精霊様の様子が見えていました。危険な場面ではすぐに駆けつける事ができましたが、これからが心配です」
「そうだったんだ……」
リュシアンは、いつも涼太の事を見守ってくれていたのだろう。涼太の気付かない所で、きっと大変な思いをしたに違いない。
「これ以上、リュシアンに心配かけないよ」
申し訳なさそうな表情になった涼太を見て、リュシアンは自嘲ぎみに笑った。
「……本当は、精霊様との繋がりが無くなってしまい、私は残念に思っているのですよ」
涼太は、心臓が壊れるんじゃないかと思うくらいドキドキしたが、よくよく考えてみれば、精霊教のリュシアンなら納得できる。他意はないのだ。
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