28:ノートルスウェ いよいよ、ノートルスウェの当日となった。
今日まで、涼太は居城の中、それも、リュシアンのそばで生活していた。
だが、リュシアンは毎日忙しそうに執務室や現場を往復していたため、そんな美味しい状況は全く生かされていない。
涼太が身を隠すのは、ノートルスウェまでだと言っていたから、今日からまた神殿に戻らないとならないだろう。
(……いっそ夜這いでも仕掛ければ良かったのか……?)
本当にそんな事をしたら、確実に御庭番集団に簀巻きにされていたに違いない。けれど、「眠れないの」などと理由を付けてでも、リュシアンの部屋に押し掛けておけば良かったのかもしれない。
今さら後悔しても仕方がないし、そんなスキルも持っていないのだが。
「リョータ様、くれぐれも私から離れないで下さいね」
お馴染みの台詞を言うマルテに頷いて、神官見習いの格好をした涼太は、街へと繰り出した。
目立たない姿に変装したバルトルと、以前、涼太が黒い靄を祓ったディルクも同行している。
街は、前回来た時よりも賑やかで人で溢れ返っていた。
綺麗な青空には祝砲が打ち上げられ、あちこちで歓声が上がっている。
露店からはいい香りがして、マルテからも串焼きやらお菓子などを勧められたが、何となく食欲がなかった涼太は、代わりにみんなに食べてもらった。
「ここの所、食欲がないみたいですが……」
「気合い入れてヴィオの実を食べ過ぎちゃったんだ」
恋煩いです、などと言えるはずもない。
祭りの雰囲気を楽しみながら、涼太たちは街の中心にある広場へと向かった。
この広場は、リュシアンたちを乗せて走る、オープン馬車が出発する場所だった。リュリュが、ここで花束を渡す予定になっている。
念のため、リュリュにひっそりと護衛を付けてもらうようにお願いしていたが、まだ不安が残っていたので、涼太も近くで見守る事にしたのだ。
広場には舞台が設置されており、その上にリュリュがいた。ピンクの髪に花冠を乗せたリュリュは、お腹の辺りがふんわりした、薄ピンクのドレスを着ている。
「花嫁みたいで、お綺麗ですね」
マルテの言葉に、涼太は涙をのみながら頷いた。あんなに綺麗なリュリュに、リュシアンが恋に落ちてしまわないか心配でたまらない。
化粧を施したリュリュは、本当に綺麗だった。
(あれっ、そう言えば、前はリュシアンの侍女だったって言ってたよな? まさか、昔から想う相手って……)
嫌な予感に涙目になっていると、一際大きな歓声が上がった。リュシアンたちが広場に到着したのだ。
涼太の涙もあっという間に乾き、一緒になって声を出したいほど、リュシアンは格好良い。
軍服をモチーフにしたデザインの服は真っ白で、プラチナブロンドと、怜悧さのある端正な顔立ちにはぴったりと似合っている。ゲーム画面で見た時よりも、何倍も素敵だった。
(リュシアン様ー!!)
だが、うっとりしていた涼太の視界にセリアの姿が入り、現実に引き戻される。
白いワンピース型の服の上に、透けた薄絹を纏っていた。可愛いらしい中にもセクシーさもあって、セリアに似合っている。
周囲からはうっとりした溜め息と、セリアを讃える言葉が次々と投げ掛けられていた。
セリアの周りには、オープン馬車に乗るメンバーが揃っている。フェリクスとヴィレム、それからユベールだ。
バルトルは、今は涼太のそばにいるし、クラウスはセルジュの見張りを担当しているので、セリアのそばにはいない。
リュリュの出番がやって来た。リュリュは少し緊張ぎみにしながらも、舞台に上がったリュシアンに向かって微笑む。
それから、リュシアンに向かって一歩足を踏み出した時、リュリュの体が急に崩れ落ちてしまった。
「リュリュ!?」
周囲が騒然とする中、涼太は急いでリュリュの元へ駆けつける。
そばにいたリュシアンがリュリュを抱き起こすと、咳き込んだ彼女の口から血が溢れ出した。
青ざめて苦しそうに呻くリュリュを見て、バルトルが苦い表情を浮かべる。
「毒かもしれません」
「どうしてリュリュが!? 駄目だリュリュ、しっかりして!」
リュリュを助けたくて夢中だった涼太は、その場で力を放った。
自分の体から、光が溢れ出して行く。そのキラキラとした光が降り注ぐと、苦しそうだったリュリュの表情が、次第に和らいでいった。
「……精霊様、ありがとうございます。また助けてくださったのですね」
涼太を見上げたリュリュが、大きな目からたくさんの涙を流す。
顔色も戻ったようだし、もう大丈夫だろう。涼太は、リュリュのお腹をそっと撫でた。
「……せ、精霊様だ……!」
「精霊様が降臨なされたんだ!!」
次々に沸き上がる声に、涼太は冷や汗を流した。
そう言えば、大勢が集まる広場の中心、それも、舞台の上だったのだ。
焦りながらリュシアンを見上げれば、優しく微笑まれてしまった。
そんな時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。再び広場が騒然とする。
人々の間から、武装した数人の男たちが飛び出して来た。男たちは、泣いていたり青ざめている人を片腕で掴まえている。
リュシアンが、涼太を自分の胸に抱き込んだ。そんな涼太とリュシアンの前には、バルトルや騎士たちが立ち塞がる。
「お前ら動くな! 動けば人質の命はない!!」
逃げようとしていた人々は、広場の周囲を囲っていた男に威嚇されて立ち止まっていた。
「そこにいる精霊は偽物だ!」
「この国にはオンディーヌの輪はないんだぞ、精霊がいるはずがない」
「みんな、騙されるな!」
涼太を見てそう言った男たちは、皆黒い靄に取り憑かれていた。
「みんな操られてる」
涼太がリュシアンに向かって言えば、彼は頷いてみせた。
「みんな、どうして……?」
シルヴァンに支えられていたリュリュが、武装した男たちを見て呟く。
「リュリュ、彼らを知ってるの?」
「はい。お祭りの準備を手伝ってもらいました。ノートルスウェのために、東の町から来たそうです」
「名前はわかる?」
「全員は、わかりませんが……」
「早く偽物は去れ! そうしなければ、ここにいる奴らは皆殺しだ!!」
男たちが、手にしていた武器を人質や、周りの人たちに向ける。
ここから、男たちに涼太の声は届くだろうか。心配だったが、とにかく名前を呼ぶしかない。
リュシアンと共に立ち上がった涼太が、大きく息を吸い込んでから、男たちの名を叫んだ。
「やめるんだ! アベーユ、ベーテ、イノビル、ニトラ、ヴィーク、グラーフェ……!!」
不思議な事に、名前を呼ぶ涼太の声は、風に乗るように遠くまで届けられる。
名前を呼ばれた男たちは、暫し呆然とした後、持っていた武器を次々に手から離していった。
「俺は、どうしてこんな事を……」
混乱している男たちのそばに、ユベールが近付いて行く。
名前を呼ばれなかった男たちは、そんな状況に驚き、その隙に騎士たちに取り押さえられていた。
彼らは、後で名前を呼べば大丈夫だろう。
「彼らは、悪いものに操られていたようです。しかし、精霊様の力で、たった今癒されました」
ユベールが落ち着いた大きな声で語ると、混乱していた広場の人たちの様子は、次第に安堵に包まれ、落ち着きを取り戻していく。そして、再び精霊様と呼ぶ声が聞こえ始めた。
「……どうして」
そんな中、舞台の下にいたセリアが、涙で潤んだ目で涼太を見上げていた。
「一体、何をしたんですか?」
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