27:王子様と隠密行動

 ──リュシアンが、昔から想っていた人物。

 何故か涼太の脳裏に、リュシアンの城で見た、精霊の像が浮かんだ。

(まさか、そもそもあれは生きてる人間じゃないし)

 いくら考えてみても、相手がだれなのか全くわからない。

(昔からって事は、付き合いの古い人だよなぁ)

 もしセリアだったなら、泣くしかない。ノートルスウェだってリュシアンと一緒に出る事になっているし、当日は大暴れしそうだ。

 そんな事を考えながら、つい涼太の視線は、前方を歩くリュシアンの、真っ直ぐに伸びた背中に向かってしまう。
 涼太たちは今、城内を見回っている所だった。黒い靄に憑かれている人はいないか、探さなければならない。

 セルジュは捕まったが、黒い靄の被害はもう広がらないのだろうか。
 セルジュは、オンディーヌの輪を持っていなかったのだ。シルヴァンたちが聴取したが、人を操る能力についても何も語らないらしい。

 以前からこの城で働いていたセルジュは、みんなからの信用も厚かっただけに、驚いている人もいるようだ。
 元々は、体も弱くて大人しい、見た目通りの性格だったと聞いて、涼太は別人になったのではないかと思った。

(日本にいる時から俺を知ってる人が、元々のセルジュに成り代わってたって事もあり得るよな)

 直接それを確かめたかったが、リュシアンたちがセルジュと会う許可を出してくれない。
 セルジュが涼太を憎んでいるらしいと、シルヴァンがみんなに話してしまったせいでもある。

 精霊ではない者が持てば、その人を悪に染めてしまうというオンディーヌの輪。もしかしたら、涼太を憎んでいるセルジュと繋がりがある人物が、隠し持っているかもしれない。
 オンディーヌの輪が見つからない以上、涼太はノートルスウェが終わり、アーレンスが落ち着くまで姿を隠し続ける事になってしまった。

 今もこうして、鬘を被り従者の姿に変装している。
 ずっとリュシアンのそばにいられるのは嬉しいが、涼太はリュシアンばかりに気が向いてしまうのだった。

「お疲れになりましたか? そろそろ戻りましょうか」

 振り返ったリュシアンに声をかけられて、涼太は素直に従う。

 そんな時、煌びやかな集団が涼太たちに近付いてきた。相変わらず、綺麗な人たちを連れたヴィレムだった。

 涼太は、急いでリュシアンの背後に隠れる。やたらと感がいいみたいだし、前科もあるし、涼太にとってヴィレムは危険人物だ。

(それにしても、この人王様の癖に、長く国を空けすぎだよ)

 ノートルスウェに参加するために、一ヶ月近くもアーレンスに滞在しているらしい。
 美女を侍らせてるだけなら、自国でやっていて欲しいものだ。それに、ヴィレムにしなだれかかる美女が、リュシアンを見てうっとりするのも何とかして欲しいと思う。

「リュシアンではないか」
「この様な場所で、いかがなされましたか?」
「美しい花の香りに釣られてやって来たんだが。さて、どこにあるのやら」
「ヴィレム様の腕の中にいらっしゃるではありませんか」

 リュシアンに、美しい花と例えられた美女は、頬を染めながらぼうっと目を潤ませた。
 そんな美女に、涼太はリュシアンの背後から、恨めしげな視線を送る。

「俺が探しているのは、もっと瑞々しい花だ。これがリュシアンの好みなら、構わないぞ」

 ヴィレムの台詞に、美女は複雑そうな表情をしたものの、何かを期待するようにリュシアンを見つめる。
 涼太は、咄嗟にリュシアンの服を握ってしまった。だが、横から伸びてきた手に、反対側の腕を掴まれる。
 ヴィレムが美女をリュシアンに押しやるのと同時に、涼太の目の前に立ったのだ。
 掴まれた腕が痛いし、赤茶の目に見下ろされて、いつかの嫌な出来事が甦ってしまう。

「戯れが過ぎますよ」

 リュシアンの服をしっかりと握ったままだった涼太の手を、リュシアンに優しく握られて、そのまま胸元に抱き寄せられた。

「特別な花は、そう簡単には手に入りません」
「まあ、そうだよな。甘い蜜に誘われて、つい周りが見えなくなる。もう少し時期が来るまで待とう」

 笑うヴィレムの視線を感じて、涼太から血の気が引いていく。
 だが、ヴィレムはすぐに涼太の手を離し、呆然としている美女に手を差し伸べた。

「ノートルスウェを楽しみにしている。優しい精霊様にも宜しく伝えておいてくれ」

 そう告げると、ヴィレムは再び美女たちを侍らせながら、歩いて行ってしまった。

「大丈夫でしたか?」
「うん……」

 未だに抱き寄せられたままの涼太は、顔を赤くさせながら力なく頷く。
 背中を撫でられて、思い出した恐怖心も、あっという間に遥か彼方に吹っ飛んで行ってしまった。

「赤くなっている」

 ヴィレムに掴まれた手首を持ち上げられ、そこを見たリュシアンが眉を寄せる。
 それから、徐にそこへ唇が寄せられていくのを、涼太は目を大きくさせながら見ていた。

「あっ……」

 形の良い唇が触れた瞬間、涼太が体を震わせる。それに気付いたリュシアンが、唇をあてたまま、涼太に視線を向けてくる。
 青い目と視線が絡むと、金縛りに合ったように動けなくなった。

「怖がらないで下さい。どんなものからも、必ずあなたを守ります」

 唇を離したリュシアンが、涼太に向かって、まるで誓うようにそう告げた。

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