26:驚きの事実 リュリュを守りたいが、ゲームでは事故の場面がなかったため、涼太には方法がわからなかった。
(……どんな事故だったっけ? 事故が起こらないようには出来ないのかな)
涼太が、祭りの準備が進められている街中を見渡すと、一ヶ所、とても気になる露店があった。
神殿で、リュリュたちに気付いた時と同じ感覚だ。きっと何かあるはず。
「シルヴァン、あのお店を調べてもらえませんか?」
涼太の言葉に、シルヴァンは嫌な顔もせず、すぐに了承した。
「露店の主柱の中身が腐っていました。火気を扱う店だったため、発見が遅れていれば大事故になっていたかもしれません」
「そ、そうなの?」
「準備をする前に確認した時は、そういった様子はなかったらしいのですが。……建てられる前に摩り替わっていたのか、建てた者が意図的にそうしたのかは、これから調査させます」
大急ぎで、露店の解体が始まっていた。
奇しくもその店の近くに、リュリュが祭りの当日に手伝う予定だった露店がある。
(これでもう大丈夫なのか? でも、ノートルスウェの当日は気を抜かない方がいいよな)
「シルヴァン様、なぜあの店をお調べになったのですか?」
リュリュが、不思議そうにしながらシルヴァンに尋ねた。
「精霊様のお告げですよ。精霊様は、いつも皆を気にかけてくださっているようですね」
(お告げって、何だそれ!?)
思わずシルヴァンに突っ込みたくなったが、嬉しそうに破顔するリュリュたちに、何も言えなくなった。
「確かにリョータ様がお気付きになったのですから、シルヴァン様が仰る事は間違いではないですよ」
マルテが小さな声でそう言ったので、涼太は黙って頷いた。
それからリュリュたちと別れて、怪我をした人たちに会いに行った。怪我は、みんな軽傷だったため、涼太もぶっ倒れずに最後まで力を使う事が出来た。
何となくコツを掴んできたような気がするが、自分から光が出るのは、何度体験しても驚いてしまう。それに、流石に疲労が重くのし掛かっていた。
「ちゃんと確かめていたので、こんな怪我をする事はなかったはずなんですが……」
「そうでしたか」
どうやら、みんなの怪我も、意図的に仕向けられたものだったらしい。
「精霊様、本当にありがとうございました。体調の優れない中、私たちのためにわさわざこうして足を運んでいただけるなんて」
ふらつく涼太を見て、涙ながらに感謝される。
一応、涼太の事を口止めをしたけれど、精霊様の変な噂を流すヤツは残らず絞めると言っていたので、無理だと思った。
「セルジュたちに感付かれる前に、退散いたしましょう」
馬車は地味なものだが、念のために、あまり人気のない路地裏に停めてある。
バルトルに抱えられそうになったが、遠慮しておいた。只でさえ目立つ格好なのに、長身のバルトルに抱えられたら、悪目立ちしすぎだろう。
路地裏に入った所で、先頭を歩いていたシルヴァンが、急に足を止めた。
「フェリクス殿下?」
シルヴァンの訝しげな声に、前方を見てみると、フェリクスが満面の笑みを涼太に向けた。
「精霊さまが行方不明だと聞いて、眠れないくらい心配したんだけど、マルテの行動が何か怪しくてさ。ずっと様子を見てたら、案の定精霊さまに会えたし。僕のカンて侮れないよね」
「フェリクス殿下、私をつけていたのですか!?」
「うん、そう。マルテって、わっかりやすいよね」
苦い顔をするマルテを見て、フェリクスがニヤニヤ笑う。
「ところで、お勉強もせずに、殿下はこんな所で何をなさっておいでで?」
「嫌だな、シルヴァン。精霊さまのご活躍を影ながら応援させていただいていたんだよ。これも勉強のうちだ」
涼太に真っ直ぐ近付いて来たフェリクスは、跪くと、涼太の手を両手で握ってくる。
「アーレンスの為に頑張っていらっしゃる精霊さまは、相変わらず素敵です」
それで……、と何故かフェリクスが顔を赤らめた。
「先日は、慌ただしく退席してしまい、申し訳ありませんでした。セルジュがいたものだから、驚いてしまいまして」
「あっ、そうだ。フェリクスって、セルジュとどんな関係なわけ? 彼について、何か気付いた事はある?」
「セ、セルジュは、その、ね、閨の指導と言うか、何と言うか……」
「エッチな事をしたのか!?」
涼太とマルテは、じっとりとした視線をフェリクスに向けた。
(それでフェリクスに、黒い靄が取り付いていたんだ。やっぱり、セルジュが占術師だったのか)
「誤解です、精霊さま! 僕はほんの少し男同士のやり方を教えられただけですから! セルジュとは何も、いや、少しだけ、ほんのちょっとだけです。ですから、同性もバッチリ気持ちよくさせる自信がありますので、精霊さまも……うわっ!?」
言葉の途中で、バルトルの黒い紐でぐるぐると簀巻きにされていくフェリクスを、マルテが物凄く蔑んだ目で見ていた。
「なぁに精霊様、ショックだったの?」
突然、どこからか聞こえてきた声に、バルトルとシルヴァンが身構える。
曲がり角から、頭からフードを被った小柄な人物が姿を現した。
涼太たちの前方に立つと、フードを取ってその美貌を晒す。相変わらずの美少年ぶりのセルジュだった。指名手配中にも関わらず、廃れた様子などは見られない。
「フェリクス様もリュシアン様もクラウスもみんなみんな、僕の体の虜なんだよ。だから精霊様、残念ながらお前なんかの出る幕はないからね」
バルトルたちが、涼太を囲うようにして構える。いつの間にか復活していたフェリクスも、立ち上がって剣の鞘に手をあてていた。
「今、何て言った……!?」
(セルジュが? あの見た目だけは、純情可憐で可愛らしいセルジュが? 今、怪しい人物ナンバーワンのセルジュが、リュッ、リュシアンと!? 嘘だよね!?)
体の力が抜けて、ふらついた所をバルトルに支えられる。思わぬ事態に、少し取り乱してしまった。
「言っておくが、僕は別にセルジュの虜になどになってはいない。兄上も同様だ」
「うそばっかり! みんな僕の体に夢中なんだから。バルトルは失敗しちゃったけど、うまく行けば絶対に僕の体を好きになっていたのに。僕の術が効かなかったのは、精霊様、お前が何かしたからなんだろう!?」
いつの間にか、周囲を幾つかの人影が囲っていた。
見渡せば、壁の裏や屋根の上から、黒い靄を背負った屈強な男たちが、涼太に向かって矢を構えている。
「早く、お前を始末しないと……」
殺気立つセルジュに、憎々しげに睨まれる。
「セルジュはどうしてこんな事を? 精霊さまに辛く当たるのはどうしてなんだ?」
「……あいつが精霊だからだ! 目障りなんだよ!!」
その言葉を合図に、四方から矢が飛んでくる。
涼太はマルテと抱き合いながら身を震わせるが、バルトルたちが次々に矢を凪ぎ払った。
次に矢を放とうとしていた男が、悲鳴を上げて倒れる。その近くにいた男も、突然倒れて動かなくなった。
それを見て、セルジュが顔色を変える。状況が不利になってきたらしいと知ると、彼は急いで踵を反した。が、目前に剣を携えた男が立ちはだかる。
「あっクラウス! 僕を助けに来てくれたの!?」
その人物がクラウスだと分かると、セルジュが顔を輝かせた。
「こちらに」
そう言ったクラウスのそばに行ったセルジュは、クラウスによって手刀を落とされる。小柄な体が地面に崩れ落ちた。
「セルジュ……」
「彼は、後程我々が尋問いたします。とにかく精霊様は馬車で休みましょう」
結局、涼太はバルトルに抱えられて、馬車まで戻る事になってしまった。
「占術師の正体は、セルジュかもしれないと?」
シルヴァンの言葉に、涼太は静かに頷いた。
セルジュは、どうやらフェリクスの後をつけて来ていたらしい。
クラウスは、ずっと影から涼太たちの護衛をしていたそうだ。
マルテは、フェリクスを責任持って連れ帰る事になり、バルトルは御者台で馬車を走らせている。
馬車の中には、シルヴァンと涼太の二人だけだった。
「黒い靄で相手を操る、か……。クラウスが操られていたのは、その黒い靄が原因だと仰っていましたね」
「そう、エッチな事して操るんだ……」
(リュシアンは、黒い靄に取り憑かれてなかったから、さっきのはセルジュの出任せだよね)
「そんな事が可能だとは」
「もしかしたら、オンディーヌの輪を使っていたのかもしれない」
「オンディーヌの輪か……」
それから、セルジュが日本にいる時から自分を憎んでいる人物だったのか、涼太は知りたいと思う。
「俺も、セルジュに話を聞いてもいいかな?」
「それは、リュシアン殿下にお尋ねください」
「リュシアン……」
どうしても、セルジュの言葉が頭を過る。バルトルに跨がっていた、妖艶な様子のセルジュを見ていただけに、余計に気になってしまうのだ。
あのリュシアンがもてない訳がないし、経験だってそれなりにあるだろうけど、正直そんなのは考えたくない。
「精霊様は、どうしてそこまでアーレンスの為に?」
「それはリュシアンが……」
と言った所で、涼太は慌てて口を噤んだ。
急な振りに、考え事をしていた涼太は、とんでもない事を口に出してしまった。
「リュシアン殿下の為ですか」
(やっぱ、ばれちゃうよねー!! この人、リュシアンにも言っちゃうかな?)
「正直、熟女にしか興味ありませんが、そこまで好きな人のために尽くされると、グッとくるものがありますね。それに、何だか苛め甲斐があると言うか何と言うか……」
不安をありありと浮かべる涼太を見ながら、シルヴァンが笑った。
何故か背筋が寒くなるような笑みだった。
「大丈夫ですよ。この事は、リュシアン殿下にも誰にも言いません。それから、殿下は昔から想う方がいらっしゃるので、セルジュごときや他人が殿下と閨を共にする事など出来るはずがありません。ですから、精霊様はご安心ください」
(……昔から想う方……?)
安心していいのやら、泣いていいのやら、シルヴァンからさりげなく爆弾を落とされて、涼太はしばし呆然とする。
そんな様子を観察するように見られていた事に気付いた涼太は、再び背筋を寒くさせた。
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[mokuji]