24:策動

(うがーっ!)

 と口に出して叫びたい衝動を抑えて、涼太は頭をかきむしった。
 あのリュシアンに、とんでもない事をさせてしまった。

(うぅ、思い出しちゃだめーっ!)

 涼太は、大きな寝台の上を転げまわる。
 昨夜、嫌と言うほど味わってしまった快感を脳から消去したかった。
 それでも甦る恥ずかしい記憶。出来るなら、今すぐ記憶ごと消えてしまいたい。

(……いや、だめだめ。リュシアンから離れないって決めたんだから)

 この国を思っての事だろうけれど、リュシアンは涼太が居なくなる事を恐れている。
 当分リュシアンの前では、恥ずかしくて死にそうな思いをするが、そこは耐えていくしかないだろう。一人で何でも抱えてしまうリュシアンの事を思えば、自分の恥ずかしさなど二の次である。

 黒い靄を消して、占術師たちから誘拐やら攻撃やらをされるリスクを減らさなければならない。
 いざと言う時のためにも力を付けておこうと、カットされたヴィオの実に手を伸ばした。

 ヴィオの実をかじると、甘い味が口に広がる。その途端、思わずヴィオを放り投げたくなった。

「だーっ、おれぇぇぇっ!!」
「いかがされましたか!?」

 涼太が叫ぶと、物凄い勢いで女の人が飛び込んできた。

「ごめんなさい! 何でもないです!!」
「そうでしたか。念のため、室内を確認させていただきます」

 キリッとした格好いい女の人が、部屋の中のチェックを始めた。彼女はレリルと言う名で、この離宮で夫婦で働いている人だ。家事も武術もお手の物らしい。

 マルテもバルトルも他の騎士たちもいない。それは、涼太が行方不明という事になっているからだ。

 セルジュは逃げきってしまったらしく、また涼太が狙われるかもしれないため、しばらく身を隠す事にしたのだ。
 表向きは行方知れずだが、セルジュ向きにはクラウスに連れ去られたという事になっている。セルジュ対策のため、クラウスも別の場所に身を隠しているらしい。
 リュシアンが攫うと言っていたのは、それを見越しての事だったのだ。

 これらの事は、リュシアンを迎えに来たシルヴァンが、すべて教えてくれた。
 その後、リュシアンは、シルヴァンと共に本城へ行ってしまった。涼太が、まともに目を合わせられないでいるうちに。

 ヴィオを見て、涼太は自分の唇に触れる。
 リュシアンが飲ませたのだ。ヴィオの果汁を、口移しで。

(ぬわぁぁぁっ、何であんまり覚えてないんだーっリュシアンの唇の感触!!)

 朦朧としていたせいで、柔らかかったかなーぐらいの事しか覚えていない。
 せっかくの記念すべきリュシアンとの初めてだったのに。

(また口移しでってお願いしたら、セクハラだよな。そんなお願い、できるはずもないけど……)

 リュシアンは、涼太の願いは断れないらしい。だから、昨夜のようなあんな事態になってしまったのだ。

(いっそ逆だったらよかったのか? いやいやいやそれも駄目だって)

「精霊様、カペレにまいりませんか?」

 涼太の挙動不審な様子を黙って見守っていたレリルが、涼太を礼拝堂に誘った。




 本城よりも落ち着いた雰囲気のここは、何とリュシアンの個人的なお城だった。
 周囲にもあまり知られていない、謂わば隠れ家のような場所だから、涼太を連れてきてくれたのだろう。

 レリルが案内してくれたのは、白と青の綺麗な部屋だった。真っ白な塗り壁に、キラキラと輝く青と乳白色のステンドグラス。天井には、青く輝く石が嵌め込まれていて、まるで夜空の星みたいだった。
 他がシンプルだっただけに、この礼拝堂だけが際立っている。

 そして、涼太が目を引かれたのは、翼の生えた白い像だ。この世界の女神、ノルニルには翼はない。

「こちらは、リュシアン殿下が自らお求めになったそうです。今でもとても大切になさっておいでなんですよ」

 どうして忘れていたのだろう。精霊の最終形態には翼が生えている事を、この像を見て思い出した。

 攻略対象とそれぞれHAPPYENDを迎えた後ではないと現れない選択肢がある。それを選ぶと、オンディーヌの輪がなくても力が使えるようになるし、TRUEENDを迎えられるようになるのだ。

 涼太は、リュシアンしか選んでいなかったため、ゲームの事を教えてくれた友人が、選択肢を増やしてくれたのだ。

(……それで、どうしたんだっけ? リュシアンとの真エンディングを見た覚えはないけど)

 それをプレイする前に、この世界に来てしまったのかもしれない。

「精霊様に面影が似ていると思ったので、お連れしたかったんです」

(違う、きっとゲームの主人公に似てるんだ)

 すらりと伸びた肢体に、美しい面は中性的だが、男性的な雰囲気の方が強く出ている。女神ではなくて、精霊の像だった。

(リュシアンが本当に求めているのは、“精霊”だ。俺自身じゃない)

 分かっているつもりだったが、改めてこうして事実を突き付けられると、辛いものがある。
 優しくされて勘違いしてしまいそうだから、その事は肝に命じなければならなかった。





◇◇◇





「結局、バルトルさんは僕の側にいてくれないんだ」

 精霊がいなくなったなら、自分を守るべきだとセリアは思う。それなのに、また姿を見せなくなってしまった。

「フェリクス殿下も近頃はお勉強ばかりだし、ヴィレム様もあれから会えなくなってしまったし……。ユベール様は、僕の側にいてくださいますか?」
「ええ、勿論ですよ」

 ゆったりとした微笑みを向けてくるユベールに、セリアも安心したように笑い返した。

「リュシアン様も、僕を必要として下さっているみたいで良かった。今日、お呼びして下さった理由は何だろう」
「それは直接殿下にお聞き下さいね」
「そうですね」

 リュシアンから、大切な話があると声をかけられた。間もなくノートルスウェが始まるため、多忙の中、わざわざセリアの為に時間を割いてくれたのだ。

 リュシアンに会いたくて胸を高鳴らせていると、ようやく待ち望んでいた相手が姿を見せた。

「待たせてしまったかな」
「いいえ。リュシアン様はお忙しいのですから、僕の事は気になさらないで下さい」

 いつ見ても、リュシアンは素敵な人だと思う。
 リュシアンと早く話を始めたかったが、セリアは彼と一緒に来た従者が気になった。お茶のセットを運ぶ彼を見ていると、とても胸騒ぎがする。

「彼は、以前精霊様に助けられた者だ。精霊様の力を受けているから、セリアも落ち着くだろう」
「そうだったんですね。僕のために、ありがとうございます」

 リュシアンに近付く者。あの時の女の人のように、後で何とかしてもらわないと。精霊を介しているだけに、ピンクの髪の人よりも、厄介かもしれない。
 従者の後ろ姿を見ながら、セリアは思いを巡らせた。

「それで、呼び出したのは、ノートルスウェの事だ。ノートルスウェは、予定通りに行う事になった」
「えっ、精霊様がいらっしゃらないのに?」
「そうだ、そこでセリアに頼みたい事がある」
「はい。僕で出来る事なら、何でもいたします」

 セリアが頷くと、リュシアンも微笑を浮かべながら頷いた。

「セリアには、精霊様の代わりに、私とノートルスウェに出てもらいたい」

 その時、従者が持っていたカップが、がちゃりと大きな音を立てた。だが、セリアは全く気にならなかった。
 リュシアンが自分を選んでくれた。その事で、胸が一杯になってしまっていた。

「セリアには負担になってしまうが、構わないか?」
「大丈夫です。僕で宜しければ、しっかりと務めさせていただきます」
「頼んだよ、セリア。それで、セリアの護衛の事だが、一人欠けてしまった分を補おうと考えている」
「不安だったので、そうしていただけると嬉しいです。ただ、クラウスさんと精霊様が、いなくなってしまったのが同じ時期だったため、変な噂が出てしまいました」
「どんな噂だ?」
「クラウスさんと、精霊様が一緒に逃げてしまわれたらしいと。以前、精霊様の力で助かった人が、事故に遭ったり怪我をしているから、本物ではなかったのではないかと言う人もいます」

 再び大きな音がした。従者が落としたグラスが割れ、辺りにガラスの破片と水が散らばった。

「セリア、怪我をしてはいけないから退席しなさい。ノートルスウェは頼んだよ」
「はい」

 もっとゆっくりしていたかったが、リュシアンが心配するから仕方がない。
 セリアは、ユベールと共に部屋を後にした。

 いつまでたってもセリアを自分のものにしなかったリュシアンも、ついにその気になったのだ。長い時間待たされたけれど、ようやくその時が目の前に近付いた。

 精霊はいなくなり、悪い噂もリュシアンの耳に入った。後はこのまま、ノートルスウェを迎えればいいだけ。

「僕、頑張りますね」

 リュシアンが現れてから、ずっと黙っていたユベールに向かって笑いかける。ユベールも頷き返したが、何時もの優しげな微笑みはなかった。

(リュシアン様に妬いてるのかな。僕は皆のものだから、心配いらないのに)

 でも、リュシアンが望むなら、セリアはリュシアンだけのものになるだろう。
 近い将来、きっとそうなるに違いないと、セリアは考えていた。

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