22:拐かしと王子様

 涼太の目の前で剣と剣がぶつかり合う。
 狭い小屋の中で、二人は武器を短剣に持ち変えていた。共に短剣術にも優れているようだが、涼太を庇いながら戦うクラウスは、だいぶ分が悪そうだった。
 クラウスの邪魔になりたくはないが、涼太の手足は縛られたままなうえ、薬の影響か、呼吸が苦しくて体もあまり動かせない。

 鮮やかな赤が、薄暗い中でも際立っている。その持ち主であるヴィレムが、クラウスを圧していた。
 どうして、ヴィレムがこの場所にいるのか謎だが、明らかに狙われているのは涼太だ。涼太の正体もすっかり知られていたらしい。

 そんな隣国の王であるヴィレムを相手に、クラウスは涼太を守ろうと戦ってくれている。

「もうやめてください」

 ヴィレムに攫われてSM凌辱ENDは絶対に無理だが、涼太のせいで誰かが傷付くのも嫌だ。

「なら俺と来るか、精霊様?」
「駄目です! 精霊様は、アーレンスの宝!!」
「その宝物に、お前は何をした?」
「くっ……!」

 僅かな隙をついて、ヴィレムがクラウスの剣を払い、流れるような動きでその腕を斬りつけた。

「クラウス!」

 傷付きながらも、クラウスが再び挑む。一足動きが速かったヴィレムが、それを軽やかに躱し、背中に刃を突き立てる。
 呻いたクラウスがバランスを崩した。背中が見る間に赤く染まっていく。
 短剣をくるりと逆手に持ち変えたヴィレムが、とどめとばかりに腕を振りかぶった。

「駄目!」

 涼太が叫ぶと、体から光が溢れだした。いつかと同じ、マルテが癒しの力だと言っていた光だ。
 舌打ちしたヴィレムが、手早くクラウスの体を縛り上げてしまう。

 光はすぐに消えてしまったため、クラウスの傷が治ったのかは不安だったが、涼太の体はすっかり動かせなくなっていた。

「何故こいつを助ける? お前を傷付けようとしたんだぞ」

 ヴィレムに髪を掴まれたクラウスは、涙を流しながら、絶望に染まった顔をしている。
 涼太を攫った上、ヴィレムからも守れなかった事で、自身に失望して悲観的になっているのかもしれない。

「クラウスは、操られていただけだから」
「精霊様……」

 うっすらと笑ったヴィレムが、クラウスを放り出して涼太に近付く。

「精霊様から離れろ!」

 体当たりするクラウスを蹴りあげると、ヴィレムは涼太が寝かされている寝台に座った。涼太に掛けられていたシーツを剥ぎ取る。

「先程の力、実に素晴らしいものだった。お前は本物の精霊だ。あの男の傷も簡単に塞がってしまったぞ」

 大きな手が、剥き出しになっている肌を這う。涼太の乾ききっていない両目が、再び涙で濡れた。

「こうして触れられるのが恐ろしいか? 俺は愉しい。怯えるお前は、誰よりもそそる。媚薬を飲まされたようだが、全く効いていないな」

 転がっている小瓶を見たヴィレムは、涼太の体を確かめながらそう言った。
 青ざめる様子を愉しみながら、ヴィレムは涼太の切り裂かれた服に手をかけた。

「……、止めろ」

 縛られて不自由な体で立ち上がったクラウスが、ヴィレムを見据える。

「クラウス……」
「精霊、せっかくこの男を助けた所を悪いが、俺の正体を見たからには、こいつを始末するぞ」

 ヴィレムの目に、冷酷な光が宿る。口止めのために、本気でクラウスを手にかけるつもりなのかもしれない。

「だが、お前が俺のものになったなら、この男の命は助けてやる。その代わり、お前と一緒に連れて行く事になるが」

 そんな言葉は信用できなかった。涼太もクラウスも連れて行かれた所で、いい待遇を受けられるとは思えない。

「精霊様。精霊様が気に病む必要はありません。元は自分が蒔いた種、己で回収いたします。精霊様には、恐ろしい思いをさせてしまいました」
「だそうだ、精霊様。どうする?」

 赤茶の目が、涼太を見る。涼太は考え込むようにそれから視線をそらし、ヴィレムが壊した窓の方へ目を向けた。それから、再びヴィレムを見上げる。

「……違う。クラウスは悪くない。俺が助けたんだから、命は粗末にしないでほしい。クラウスが俺を誘拐した原因は、クラウスを操った人にある」
「おい、さっきから言っているそれは、一体何なんだ?」
「この国には人を操る力があって、その力に操られてる人がいる。それを解放できるのは俺だけだから、俺はこの国からは出ていかない。だからヴィレム、助けに来てくれてありがとうございました」

 リュシアンのいない国なんて行くはずがないし、それがヴィレムの国なら尚更だ。SM凌辱ENDは遠慮したい。

 最後の涼太の台詞に、ヴィレムは訝しげな顔をした後、はっとしたように背後を振り返った。

「リュシアン……」

 そこには、剣の先をヴィレムに向けたリュシアンが立っていた。
 静かに立っているリュシアンだが、その青い目にはいつも以上に冷ややかさが増しており、ぞっとするほど恐ろしい視線をヴィレムに向けている。

 そんなリュシアンの視線を受けても、ヴィレムは飄々とした様子で、平然とした態度を崩さなかった。

「そこにいたとは、全く気付かなかった」
「どういうおつもりですか?」
「精霊が攫われたと聞いて、助けにきたんだが、あまりにもそそられたんでな。失敗したよ」
「……そこを、どいてください」

 静かな怒気を放つリュシアンに、ヴィレムは肩を竦めると寝台から立ち上がった。
 剣を鞘に収めたリュシアンが、涼太をシーツで包むようにしながら抱き上げる。手足は縛られたままだったが、未だにひしひしと怒りが伝わってきて、涼太は何も言えなかった。

 リュシアンが閉じられていた入口の前に立つと、外から扉が開く。扉の外には、バルトルの姿があった。

「バルトル! 大丈夫だった?」

 思わずバルトルの着衣を注視してしまい、乱れた所も背中に黒い靄もなくて安堵する。

「精霊様、参りましよう」

 バルトルの返事を聞く間もなく、リュシアンが歩き出した。

「バルトル、シルヴァン、後は任せた」

 リュシアンの言葉に、背後にいたバルトルが黙って小屋の中に入っていく気配がした。
 シルヴァンと呼ばれたのは、見た事のある男だった。ゲームではあまり関わりはなかったが、リュシアンの右腕のような存在なので、涼太は好印象しか抱いていない。

「ヴィレム殿下はいかがいたしますか?」

 シルヴァンの質問に、リュシアンが足を止める。

「……精霊様が許された。だが、私は違う。今回の事は後々切り札として使わせてもらう。ヴィレム様ご本人も承知の事だろう」

 涼太がヴィレムを庇うような事を言ったのは、オブーストとの関係を悪化させたくなかったからだ。リュシアンの負担にもなるし、何より、こうしてリュシアンが来てくれただけでよかった。
 ただ、クラウスの事は気がかりなので、彼の無実はちゃんと伝えなくてはならない。

「あの……、クラウスの事ですが。クラウスは悪いものに操られていただけなので、悪気があったわけじゃないと思います。今はもう操られていないし、だから、罰とかは軽くと言うか、そんな感じでお願いします」

 だが、リュシアンは黙ったまま涼太を見下ろしているだけなので、涼太はおろおろと視線をさ迷わせた。

「精霊様の願いですね。了承いたしました」

 助け船を出すようにそう言ったシルヴァンは、一礼すると小屋に向かって行ってしまった。

 すっかり日が暮れてしまった夜の森の中で、リュシアンと二人きりである。だが、非常に気まずい雰囲気が漂い、涼太は涙目になった。

(……も、もしかして、リュシアンに嫌われた?)

 そうだったなら、生きていけない。
 誘拐されて迷惑を掛けたし、一歩間違えれば国際問題に繋がっていたかもしれなかった。いくらリュシアンが温厚でも怒ってしまって当然なのだ。
 暗い思考がドツボに嵌まりそうになっていると、それまで黙っていたリュシアンが口を開いた。

「私が、あなたを攫う事にします」

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