21:拐かしとヤンデレ候補 鳥の鳴き声が響き、その声で意識を浮上させた涼太は、ぱちりと瞼を開けた。
見た事がない景色が視界に飛び込んできて、手足が縛られた状態で寝かされている。その上、口には布のようなもで猿轡までされていた。
(何だ、何があった?)
周囲を見回すと、プレートアーマーを身に付けている騎士が、静かに佇んでいる姿が目に入って青ざめる。涼太は、あの騎士に攫われたのだ。
木造の小屋らしき場所。広さは十畳くらい。離れた場所にある窓は塞がれていて、ランプの仄かな灯りしかない。
そんな中で騎士は、気配を全く感じさせずに立っていた。
涼太が目を覚ました事に気付いたのか、ゆっくりと寝台に近付いてくる。
身の危険を感じた涼太は、不自由ながらも寝台の上を後退った。
すぐ側で立ち止まった騎士が、徐にアーメット外す。中から現れた顔を見て、涼太は目を見開いた。
(クラウス!?)
クラウスは、ゲームの主人公を守る騎士で、攻略対象だ。
グレーがかったブルーの髪とアッシュグレイの目で、全体的にどこか影のある雰囲気を持っている。
ミステリアスなくせに、主人公にだけ見せる笑顔が、ファンにとっては堪らないらしい。
思い詰めるタイプで、下手をすればヤンデレ化しそうな危うさを感じたため、どちらかと言うと涼太は苦手だった。
ランプの灯りの中で、クラウスが動く度に黒い靄も一緒にゆらゆらと揺れるのが、更に恐怖心を煽られる。
(でもこれじゃ名前呼べない!! 名前わかってても意味ないし!)
猿轡が邪魔だ。首を振っても口を動かしても、涼太の口を塞いでいる布は、びくともしなかった。
一生懸命首を動かす涼太を、クラウスは静かな目で見下ろしている。
「殺しはしません。怖がらないでください」
(無理無理!! 縛られてる時点で無理だからね!?)
ブルブルと首を左右に振る涼太の頬に、クラウスの手のひらが当てられて、一気に鳥肌がたった。
「黒い髪、黒い瞳……。こんなに美しいのに、すでに汚されていたなんて」
(な、何を言っているんだこの人は)
「あなたが誰かに抱かれた姿を見せれば、殿下やバルトル殿の目も醒まされるでしょう。あなたが誰にでも体を許してしまうとわかれば、殿下たちもセリア様を支持してくれるはず。癒しの力を使うのは、純真な者でないとならないですからね」
やっぱり、クラウスも何かおかしな事を吹き込まれているらしい。
多少悪戯された過去はあるが、誰にでも体を許した覚えはない。だがしかし、クラウスにとっては、悪戯された事も致命的なのだろうか。
クラウスが装備を外し始める。涼太は、自分を守るように身を縮めて丸くなった。
(バルトル、マルテ……)
あの二人は、無事だろうか。バルトルはセルジュに乗り上げられていたが、あの状況も貞操の危機だったように見えた。
セルジュの周りに見えた黒い靄。それまでは、まったく彼の周囲にそんな気配はなかった。
まさか、あれを操っていたのは、セルジュだったのだろうか。バルトルを襲って、クラウスのように操るつもりだったとしたら。
セルジュは、セリアがバルトルを求めていると言っていた。
(バルトル……)
バルトル自ら涼太を守りたいと言ってくれた。過去の経験と自分の意思で選んだのに、それを踏みにじって思い通りにさせようなんて、あんまりだと思う。
(でも、そうなったら、バルトルの名前を呼べばいい。……だから、ここで頑張らないと)
目から溢れてくる涙も拭えない状態だが、何とかチャンスを見つけたい。クラウスの名前を呼んで、正気に戻ってくれれば、こんな真似も辞めてくれるだろう。
軽装になったクラウスが、寝台に乗り上がってくる。涼太の肩を押さえると、腰に納めていた短剣を手に取った。
身に付けていた神官見習いの服が短剣で引き裂かれる音を、涼太は顔を俯けたまま聞いた。
露になった涼太の肌を見て、クラウスから溜め息が漏れる。
「本当に綺麗だ。この肌にリュシアン殿下も触れたのか」
そう一人ごちて、感触を味わうようにゆっくりと涼太の肌に手を滑らせる。
涼太は、素肌に触られる、この感覚に耐えるのが辛かった。クラウスにこれ以上されてしまえば、どうなってしまうのだろう。
震えが伝わったのか、クラウスが手を止めて、俯いていた涼太の顔を持ち上げた。
息をのむ気配が伝わって、視線を上げて見れば、アッシュグレイの目とぶつかる。
「泣いて……。何て、美しいんだ。黒い瞳が涙で潤んでいて、宝石のようだ」
うっとりと呟かれ、涼太は違った意味で鳥肌をたてた。
クラウスの唇が、目の前に迫る。今にも眼球を舐められそうで、目を背けて瞼を閉じた。
「なぜ、拒むんです……? 私では嫌なんですか?」
クラウスに肩を強く掴まれた。口調に怒気が含まれているようで、涼太は体を震わせる。
彼の、一歩間違えれば狂気を感じさせるような雰囲気が、本当に苦手だ。
「仕方がない。あなたにも楽しんでいただかないとならないから、これを使わせてもらいます」
ポケットからクラウスが取り出したのは、液体の入った小瓶だった。
「癒しの力で浄化させてしまうあなたには、薬が効きにくいと聞いている。だから、通常よりもかなり強力なものだ」
涼太を押さえて跨がると、クラウスは小瓶の蓋を開けた。甘い匂いが強く香ってくる。
(毒、じゃないだろうな。媚薬……。絶対に無理)
首を振って抵抗すると、顎を掴まれた。布の隙間から指が入り、小瓶の口の先を咥内に押し込まれる。
途端に広がる液体と、甘い香りに噎せて咳き込んだ。
啣えさせられた布に染み込ませようとしたが、もう一本小瓶を押し付けられ、そのまま鼻を摘ままれる。溺れそうな感覚がして、咳き込みながらも吐き出そうとしたが、いくらか液体を飲み込んでしまった。
とんだ鬼畜な所行である。
飲み込んだのを確認すると、クラウスの指がやっと離れた。
苦しくて、涼太は涙でぐちゃぐちゃになりながら、何度も呼吸を繰り返す。
しかし、そんな涼太の姿を見て、何故かクラウスの方が興奮したように息を荒くし始めた。
「精霊様……!」
首筋にクラウスの唇が這い、体を撫で回される。
媚薬を飲まされたのに、気持ち良くなるどころか、体を触られるのが堪らなく気持ち悪い。
薬が変だったのか、効き方がおかしいのか、段々と涼太の体から力が抜けてしまい、呼吸も苦しくなってきた。
ぐったりとして、胸を大きく喘がせて呼吸する涼太に、クラウスは益々興奮を煽られたようだ。
「あなたを私のものに……!」
涙を流す涼太の目許に口付けて、涙を啜り、頬にも唇を寄せる。指で涼太の唇をなぞった後、猿轡をさせていた布を取り外した。
「クラウス、やめて」
遂にクラウスの名を呼ぶ事ができた。
名前を呼んだ途端、クラウスの動きが止まる。
「……私は、何て事を……!」
クラウスに憑いていた黒い靄が消えていくのを見て、涼太は一先ず安堵した。
涼太から飛び退いたクラウスは、自分が仕出かした状況を見て、顔を真っ青にさせている。
ブルブルと手を震わせながらも、涼太にはシーツをかけてくれた。
「も、もうしわけ、ありません」
「クラウスは、操られていただけだから……」
クラウスは悪くないと説明する前に、とにかく、手足の拘束を外して欲しかった。
しかし、それを頼む前に、窓が壊される音が大きく響いた。
壊した窓から中に入って来たのは、フードを被ったローブ姿の人物だ。
クラウスは咄嗟に剣を構える。さっきまでの、今にも自殺しそうだった雰囲気は、一気に変わっていた。
「何者だ。精霊様の救出に来た者か?」
「そうだ。本物を我が手にするために来た」
そう言って、侵入者自らフードを取り払って顕になったのは、赤い髪と涼太を見据える強い眼差しだった。
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