19:秘匿と暴露 涼太が、皆と別れて部屋へ戻ろうとすると、何やら五人で揉め始めてしまった。
誰が涼太たちと一緒に行くかで、軽くいざこざになったようだが、バルトルがいるから大丈夫だとは言えない雰囲気だった。
結局、ディルクが涼太を送り届けてくれる事になったらしい。
他のメンバーと別れて暫く歩いていると、前方から煌びやかな集団がこちらに向かって来ているのが見えた。
先頭を歩いていたマルテが、立ち止まって端に寄ったので、涼太もそれに倣う。
集団の中心にいるのは、長身の男だ。一際目立つ赤い髪と、赤みがかった茶色い目のイケメン。
「ヴィレム……」
お隣の国、オブーストの王様だ。攻略対象でもあり、主人公をBADENDにも導く人物。
思わず名前を呼んでしまったが、距離があるため大丈夫だろう。
ヴィレムは、凛々しい眉と厚みのある唇で、全体的に男らしい印象がある。
王だった父親が急死したため、かなり若くして王位に就いた。王様としては申し分ないが、下半身は好き放題楽しんでるらしい。現に、彼の周りを美女が取り囲んでいる。
集団が近付くと、マルテが頭を下げたので、涼太も一緒に頭を下げる。このまま通り過ぎるかと思ったが、何を思ったのかヴィレムが足を止めた。
「神官殿、少しいいか」
ヴィレムがマルテの目の前に立ってしまったので、涼太は緊張して固まった。ここで黒髪が見られたら、さすがに不味いだろう。
「この国は良いな。緑も鉱石も美しいものばかりだ。無論、お前たちもだが」
最後の台詞を美女たちに向かって言うと、皆嬉しそうに声を上げて、ヴィレムにボディタッチしている。
キャバクラってこんな感じなのかな、と涼太は遠い日本へ逃避してみた。
「美しいセリアにも、是非我が国へ来て頂きたいのだが、いかがだろう」
「恐れながら……」
「ふふ、やはり駄目か。リュシアンにも断られたばかりだ。……だが、お前はどうだ?」
不意に伸びた手が、涼太の腕を掴んだ。そのまま前に引っ張られ、驚いて顔を上げたところ、ヴィレムと思い切り目が合ってしまった。
(ヤバッ、気付かれた!?)
「ヴィ、ヴィレム様!」
マルテたちも慌てているが、相手は隣国の王様だ。下手な事は出来ない。
「顔を見せろ」
ヴィレムの手がフードに伸びた時、涼太の体に紐が巻き付きついた。そのまま後ろにいたディルクまで、軽く飛ばされる。
紐は直ぐに外れたので、誰にも気付かれなかっただろう。
しっかりとディルクに抱き止められた涼太は、フードを強く握り締めた。
(SM凌辱ENDなんて、絶対に嫌だ!)
「大変失礼いたしました! この者は、まだまだ未熟な身故、陛下の前にお出しするわけにはまいりません」
機転をきかせたマルテが咄嗟にそう言ったが、集団の中にいた中年太りの男は、顔色を無くして焦っている。
「た、申し訳ございません、ヴィレム様。この神官たちはこちらで処罰いたします故、何卒ご容赦を」
「いや、いい。ただの戯れだ、気にする事はない。悪かったな」
暫く呆気に取られた様子だったヴィレムだが、何事もなかったように、再び美女たちと戯れながら歩き出した。
中年太りの男にはきつく睨まれたが、ヴィレムに目をつけられるよりはましだった。
(マジで、本当に怖かった……!)
離れていくヴィレムの後ろ姿を見ながら、涼太は胸を撫で下ろす。
涼太の正体はバレなかったようだ。
「ありがとう、マルテ、ディルク。それからバルトルも」
「よ、良かったです」
「マルテ、後であのおじさんに叱られるかな?」
「大丈夫ですよ。あの人は神殿に近付かない方なので、私の事も直ぐに忘れるはずです」
マルテ曰く、金と権力さえあればいいらしい。不思議な力が存在する世界でも、そういった人物はいるのだ。
部屋に帰ると、セリアがお茶を飲みながら寛いでいた。
涼太は思わず、部屋を間違えたかと思って確認してしまった。
「セリア様が、精霊様に会いに来てくださいました」
可愛い顔を嬉しそうにさせるセルジュに、文句は言えない。
「リョータ様がここにいらっしゃる事は、セリア様はご存知ないはずでした」
マルテが、ひっそりと涼太に耳打ちした。
「お久しぶりです、精霊様」
「お久しぶり、です」
今日は、取り巻きたちはいないらしい。黒い靄集団が部屋にいなくて良かったが、一体、セリアは一人で何をしに来たのだろう。
「あの、バルトルさんにお会いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「バルトルに?」
「はい」
「俺がここにいる事も、バルトルが一緒にいる事も、どうして知ってるんですか?」
涼太が聞けば、セリアは困ったように微笑んだ。
「皆さんが、僕に教えてくださるんです。リュシアン様の事も、精霊様の事も。バルトルさんは、リュシアン様の護衛をなさっていたのに、どうしてしまったのか心配だったんです」
「それは……」
「それは、私が精霊様をお守りしたかったからです」
音もなく、バルトルが姿を見せた。
バルトルの姿を見た途端、表情を輝かせたセリアが、椅子から立ち上がって駆け寄って行く。
「お会いしたかったです、バルトルさん。以前、暴漢から救ってくださったのに、お礼も言えないままだったので。あの時は、本当にありがとうございました」
ペコリ、と頭を下げてから、セリアはバルトルの手をそっと両手で握った。
涼太は、人気ナンバーワンキャバ嬢を見た気がした。
「バルトルさんの強さは、本当に素晴らしいと思います。時々、こうしてお話しがしたいのですが、駄目ですか?」
こんな可愛い子にそんな事を言われて、断れる男はいるのだろうか。
(いないよなぁ……)
「こうして会話を交わすのは、これで最後にしていただきたい」
(いたー! いたよ、ここにいた!!)
断ったバルトルを涼太もマルテも、セリア本人までもが驚きながら見上げる。
「どうしてですか? 強いあなたはもっと表に出るべきです。それだけの価値が、あなたにはあるはずではないですか」
「私は守りたい人を守れれば、それだけでいい。命を懸けてもお守りしたいのは、たった一人」
「そんな、命だなんて! それはあなたのもので、あなたが一番大切にしなければならないでしょう!?」
どこかで聞いた事のある台詞に、涼太は首を傾げる。
(うーん? バルトルルートの時、主人公が同じような言ってたっけ?)
攻略サイトで見た台詞と、酷似している。ゲームを知っていて、バルトルを落としたかったら使うだろう台詞だ。
セリアのバックにいる呪術師が、助言したのかもしれない。
(あれっ、そしたらバルトルはセリアに落とされちゃうのか!?)
「私の母は、異国の出身です。その国で命を落としかけた時、母を救ってくださったのは、精霊様だった。精霊様がいらっしゃらなかったら、母も私も兄弟もいなかった」
バルトルの話を、涼太は不安な面持ちのまま聞く。
「精霊様は皆、慈悲深いお方ばかりだ。実際に、アーレンスの精霊様も、子を身籠っていた女性を助けておられた」
いつも硬質な目をしているバルトルから、優しい視線を向けられて、涼太は不安そうだった顔を、知らず知らずのうちに赤らめてしまった。
マルテからは誉められてはいるが、未だにそんな事に慣れる事ができない。
「私は、そんな精霊様をお守りしたい」
「どうして……っ、僕だって、皆を助けてるのに!」
酷くショックを受けたような表情をしたセリアは、勢い良く部屋を出て行ってしまった。
確かに、黒い靄の事を置いておけば、日々頑張っているのはセリアだ。バルトルがいてくれるのは、本当に有り難いが、なんだか後味が悪いような気がしなくもない。
「申し訳ありません。精霊様にそのような表情をさせてしまいました」
「ホント、どうしてセリア様を悲しませるわけ?」
「えっ?」
聞きなれない口調が、突然割って入った。
誰だ、と思って見れば、セルジュが目を細めながらバルトルを見上げている。
彼の別人の様な表情に、涼太は息をのんだ。
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