18:増える仲間たち「もう、大丈夫だと思います」
フードを被り直しながら涼太が言えば、バルトルと黒い紐がディルクから離れた。ディルクは、その場に崩れるように足をついてしまった。
「俺は、何故こんな所に……」
「大丈夫ですか?」
駆け寄った涼太をディルクがじっと見上げてくる。
「あなたは、精霊様でいらっしゃるのですか?」
「えっと……」
「そうです」
マルテが肯定すると、ディルクは一度立ち上がってから、涼太に向かって方膝をついた。
「精霊様のおかげで、私の本来の願いを思い出す事ができました。感謝申し上げます」
「本来の願い、ですか?」
「私は、近衛騎士を目指していたのですが、するべき事を放棄し、恋に現を抜かしておりました。リュシアン殿下に憧れ、少しでも近くでお守りしたいと努力していたのですが、いつの間にかそれを忘れてしまった……」
「それは、きっと悪い物に取り憑かれていたせいだと思います。ですが、こちらにいらっしゃる精霊様が、あなたに取り憑いていた物を追い払って下さったのです」
マルテの説明に、ディルクは大きく頷いた。
普通の日本人が聞いたら、怪しい宗教の勧誘か何かと勘違いしそうな会話だ。
「精霊様に名を呼ばれた時、とても温かく、優しい気分になりました。そして、己のするべき事を思い出す事ができました」
「それが精霊様の癒しの力です」
ディルクの話に、マルテは何度も頷いている。
いつまでも続きそうな雰囲気にいたたまれなくなった涼太は、場所を変えようと提案した。
ディルクに案内されたのは、城の中にある騎士の為の礼拝室だった。こじんまりした室内は掃除が行き届いており、安置されている女神の像は、白く輝いている。
ゲームでは、美しく、柔和な笑みを浮かべるあの女神が、精霊に力を与えているという設定だった。
話しがしやすいように、三人で会衆席のような椅子に座る。バルトルの姿は、いつの間にかなくなっていた。
「間違ってしまったのは、ディルクのせいじゃないと思いますよ」
「いいえ、精霊様。何かに惑わされたのは、それは私が未熟だったからです。あれほど近衛騎士を夢見て来たはずなのに、騎士としてあるまじき事です」
ディルクは、ずいぶん真面目な人物のようだ。リュシアンを守るのは、彼のような人ならいいと思う。
「今からでも、近衛騎士を目指してみてはいかがですか? ディルクみたいに、自分の非から逃げずに向き合えるのって、凄く強い人だと思うから」
「せ、精霊様」
ディルクの日焼けした頬が、ほんのりと赤くなり、オレンジ色の瞳が輝いた。
ディルクがこちらに興味を持ってくれたようなので、早速本題に触れてみる事にする。
「それで、つかぬ事を伺いますけど、恋に現って、もしかしてセリアの事が好きでした?」
涼太が尋ねると、ディルクはギョッとしたような表情になった後、気まずそうに視線を下げた。
「……はい。セリア様を自分が守らなくてはと思うようになっていました。セリア様の周りにいる、嘗ては仲間だった者に対して、次第にライバル視するようになり、いかに相手を出し抜くかといった事ばかり考えていました」
「そんなふうに考えるようになった頃に、何か変わった事があったりとか、いつもと違う場所に行ったりとかはした?」
ディルクは暫く考えてから、首を横に振った。
「うーん、そっかぁ。占術師に会ったりとかは?」
何気無く聞いてみると、ディルクは顔を赤らめた直後に青ざめると言う器用な事をした後、思いっきり涼太から視線を外した。
「えっ、本当に会ったの?」
「う……、はい、確かにお会いした事はありますが、精霊様に告げるべき内容ではないので……」
突然しどろもどろになったディルクに、涼太は遠い目をした。
答えは本人を見ていればすぐに分かる。ディルクは、嘘はつけないタイプでもあるらしい。
「つまり、ただならぬ関係になってしまったとか?」
「せ、精霊様……」
「リョータ様……!」
ディルクとマルテは、これ以上ないと言うほどに、耳まで真っ赤にさせている。二人とも、下ネタは駄目なタイプらしい。
「いや、だって、そういうのってよくあると言うか何と言うか。とにかく、ディルク自身、占術師に会って何か変わったような感じはした?」
ディルクは困った表情になったが、この辺りはとても重要な事なので、詳しく話を聞かなければならない。
決して、涙目の騎士を苛めて楽しんでいる訳ではないのだ。
「他にも操られている人がいるから、その原因を知るためにも、協力して下さい」
「そっ、そうだったんですか! わかりました。私が出来る限り思い出せる事をお話しいたします」
ディルクが教えてくれたのは、セリアの護衛をしている時に占術師に会い、彼に占ってもらううちに、何故かエッチな事になってしまったらしい。
セリアを見る度に、守りたい大切にしたい独占したいなどと思うようになっていったのは、その時からだったような気がする、との事だ。
「やっぱり、エッチをした事で何か暗示に掛かりやすくなるとか、切っ掛けになっている可能性が高いね。でも、何でエッチな事をした相手じゃなくて、セリアを好きになるんだろう」
「……そ、それは私にもよく分かりません……」
そう言えば、マルテも薄かったが黒い靄に取り憑かれた人だった。
涼太がマルテを見ると、彼は慌てて首を左右に振った。
「わっ、私は誰とも肌を合わせた事はありません!!」
「そ、そうなんだ。まあ、マルテのは他の人より薄かったしね。でも、そうなるとエッチしなくても取り憑かれちゃうって事になるのか。取り敢えず、他にも何人か当たって、話を聞いてみるか」
黒い靄を消す方法も分かった事だし、意外に早くたくさんの情報を得られそうだった。
涼太を守ると言い出したディルクも参加して、黒い靄を背負った人物を見付けては、人気のない場所へ連れ込んだ。
バルトルが姿を見せたのは最初だけで、後はディルクや、増えたメンバーたちが、涼太とマルテをガードしてくれるようになっていた。
接触したのは、全部で五名。騎士や、城内の礼拝堂で働く神官たち、中には料理人までいた。
何れもセリアに夢中になっていて、占術師とも関係を持っていたようだ。これで、占術師とセリアと黒い靄の関係が濃厚になった。
しかし、五人が五人とも、ずいぶん顔がいいのはどういう事なのだろう。面食いなのか。
「な、何て爛れているんだ」
マルテがショックを受けたように、呆然としながら呟いた。
人を操る為に自分の体を使う方法は、エッチなゲームやファンタジーの中ではよくある事だ。
だが、それを本当に実行している人がいると思うと、確かに驚いてしまう。
何せ、セリアの周りには沢山の黒い靄があったのだ。あれだけの人数をこなすなど、相当なエッチ好きか、えげつない程の野心家なのかもしれない。
「実は、セリアが占術師だって事はないのかな」
「いいえ、それはないかと」
そう答えたのは、三番目に見つけた神官だ。隣にいた二番目の騎士が頷く。
「我々がセリア様と一緒にいる時、この者は占術の方と二人で密会しておりました」
この者と言われた五番目の騎士は、真っ青になりながら頷いた。
「あの時の私はどうにかなってしまっていたのです。占術の方が、とても魅惑的に思えて……。ですが、今ならはっきり言えます。精霊様にしか、ムグッ」
途中で、二番目の騎士に口を塞がれた五番目の騎士は、周囲に睨まれて可哀想な事になっていた。
「相手を取り込むために、自分を魅力的に見せる力を使っていたのかもしれませんね。だから惑わされてしまうのも、仕方がないですよ」
「精霊様……!」
五番目の騎士は、感動したように目を輝かせ、涼太に近付こうとしていたが、すかさず首根っこを掴まれている。
「その様な力に惑わされた上、操られてしまうなど、本当に情けない」
そう言ったのは、真面目なディルクだ。
「それだけ、占術師の力が強かったんでしょうね。魅了の力があるなら、占術師は危険だと通達しても意味がないかもしれない。彼の居場所がわかればいいんだけど……。セリアと、占術師の関係はどうだったのかな?」
「セリア様は、占術の方をとても信頼しておいででした。何か困った事があると、占術の方の方から現れて、セリア様に助言なさっていたようです」
神官の話を聞きながら、涼太の脳裏に、洗脳と言う言葉が浮かんだ。
「セリアの周りを見張っていた方が、占術師と遭遇する可能性が高いのかな」
「それなら、我々にお任せ下さい」
「占術の方が姿を見せたら、直ぐにお知らせいたします」
「ありがとう。よろしくお願いします。俺も出来る限り、操られている人たちを解放してみる」
騎士たちの、力強い台詞に感謝する。
暫くは、セリアの取り巻きの振りをしてもらいつつ、彼の周囲を探ってもらった方がいいだろう。
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