17:活動開始

 セルジュは、見た目の存在感は半端なかったが、気配はとても静かなものだった。貴族で、長年城に仕えていたためか、動作も綺麗だし、物腰も柔らかい。
 それに、涼太と同じくらいの年齢か年下だろうと思っていたのに、セルジュの方が年上だった。

 セリアといい、こんな美少年系が、一体何人リュシアンの回りにいるのだろう。美少年だけではない。美青年だって美女だって、リュシアンの周囲には沢山いるに違いなかった。

(そんなハーレムに入って行く自信はないなぁ)

 仕事に戻ってしまったリュシアンを思いつつ、涼太がヴィオの実を食べていると、一度退席していたマルテが再び部屋を訪れた。
 何故か、フェリクスも一緒にいる。

「精霊さま!」
「ひっ!」

 今にも飛び付いて来そうな勢いのフェリクスに驚いて、思わず悲鳴を上げる。すると、マルテがフェリクスの服を引っ張って動きを遮った。

「何をするんだ!?」
「殿下がリョータ様に抱き付こうとなさるからではありませんか」
「僕はただ、精霊さまの無事を喜んでいただけだ」
「わさわざ抱き付く必要はないですよね?」

 言い合いを始めてしまった二人をよそに、セルジュは黙々と彼らのお茶の準備を始めている。

「あのー、何でフェリクスが?」
「リョータ様が城にいらっしゃる事をどこからか嗅ぎ付けて、私を脅したのです」
「僕は精霊さまを心配しただけだ。急に神殿からいなくなってしまったら、心配もするだろう」
「心配してくれたんだ。ありがとう」

 フェリクスからはあんなに嫌われていただけに、心配されると尚更嬉しく思える。

「とっ、当然です! 精霊さまの事なら、心配だって何だってします」
「殿下、リョータ様の無事が分かったなら、もうよろしいですよね」
「……あっ、ちょっと待って。フェリクスに用があるんだった。来てくれて良かったよ」

 涼太の言葉に、フェリクスの表情が明るく華やぐ。そんなフェリクスをマルテが横目でちらりと見た。

「フェリクス殿下に? 何をですか?」
「黒い靄に取り憑かれていた時の話を聞こうかなと思って」
「黒い靄?」

 不思議そうに顔を傾けるフェリクスに、取り敢えず黒い靄の話は置いておき、彼自身の事を尋ねてみる事にした。
 二人にやたらと座り心地の良いソファーを勧めて、話しを始める。

「ここ最近、何かに操られてる気がしていたとか、何か変な感じはしていなかった?」
「うーん? 新しい教師が来てからやたら授業が眠いんだが、それは何かに取り憑かれているせいだったのか?」
「それは全く違うと思います。リョータ様を初めてご覧になった時、何か感じませんでしたか?」
「……本人を目の前に、それを言うのか?」
「何故顔を赤らめてるんですか!? 余計な事は言わなくていいんです、殿下!」

(マルテって、おっとりしてるのかと思ったけど、そうでもなかったんだ)

 とにかく、元気そうであるのは良かったと思う。

「……そう言えば、急にこれまでの自分自身の行いを恥ずかしく思った。あれは、精霊さまが気付かせてくれたんだと思っている」
「とても素晴らしい事です」
「フェリクスが、自分を恥じるような行動を取ってしまったのは、もしかしたら操られていたか、洗脳されていたかもしれないんだよ」
「操る……? そんな事が?」
「うん、そう考えてる。詳しく調べるめに、フェリクスから話が聞きたいんだ。他に被害に遭う人がいたら大変だろ?」
「なんて事だ! 感動しました。精霊さまは、そこまで我が国のために、お心を砕かれていらっしゃるのですね」

 フェリクスが、涼太を見つめながら頬を紅潮させていく。キラキラ輝くイケメンの視線が眩しい。
 彼の中で何がどうなったのかわからないが、かなり過大評価されている気がする。涼太が、引つりそうになる顔を何とか笑顔にしていると、セルジュがリュシアンの前にお茶の入ったカップを置いた。

「どうぞ、フェリクス殿下」

 そこで、ようやくセルジュの存在に気付いたのか、フェリクスが彼に視線を向けた。

「き、君は……」

 そう呟くように言ったフェリクスの顔が、見る間に青くなり始めた。

「フェリクス?」
「せ、精霊さま、彼は精霊さまのお付きに?」
「そうだけど、何か不味いの?」
「いえっ! そろそろ教師が来るので、僕はこれで失礼いたします」

 フェリクスは、そのまま慌ただしく出て行ってしまった。背中には、後ろめたいとありありと書かれているようだった。

「セルジュ、フェリクスと何かあったの?」
「特に何もございません」
「そうなの?」

 何もないようには見えないのだが、これ以上は話してくれない雰囲気だ。
 きっと、フェリクスがセルジュに何かやらかしたのだろう。

「ま、いいや。今からちょっと、内緒で出かけても平気かな。バルトルもいるし、大丈夫だと思うから」

 セルジュにそう言った涼太は、マルテが用意してくれた、神官見習いの服を手に取った。




◇◇◇




 神官見習いの服を身につけた涼太は、マルテと共に広い城内を歩いていた。

「リョータ様、いかがでしょう」
「うーん……」

 キョロキョロと辺りを見回すが、それらしきものは見当たらない。やはり、セリアの周囲にしか、黒い奴らは集まらないのだろうか。

「ご苦労様です」
「こんにちは」

 城で働く人たちが、すれ違う度に涼太たちに挨拶をしていく。

「マルテって、実は凄い人?」
「私はそうではありませんよ。皆さんが神官に対して気さくなのは、きっと、ユベール様のご人徳故かと」
「そうなんだ……、あっ、いた!」

 ようやく、黒いものを背負った騎士を見付けた。側には誰もおらず、一人で歩いているのは丁度いい。
 磨かれた床を、足早に進んでいる所を呼び止めた。

「騎士様、少しよろしいでしょうか?」
「何だ? 今は忙しい」

 ちらりと涼太たちを見遣った騎士は、不機嫌そうに返すと、足も止めずに歩いて行ってしまう。涼太たちは、彼の後を追いかけた。

「何だ、しつこいぞ」

 騎士が振り返った瞬間、彼の手足に黒い紐が巻き付いた。

「なっ!? 何を……ムグッ」

 声を上げる騎士の口を、突然背後に現れた黒い影が塞ぐ。
 バルトルだ。いつのまにいたのか、気配も何も感じなかった。
 一連の流れ技を涼太とマルテは、半ば呆然としながら眺めていた。

「バ、バルトルさん……?」
「僭越ながら、お手伝いをさせていただきます」
「あ、ありがとう」

 改めて騎士を見れば、真っ青になりながら、微かに体を震わせている。
 バルトルの存在は、それほど恐ろしいものらしい。

「わ、ごめんなさい。別に殺すとか、暴力を振るうとかではないんで」
「……!!」
「リョータ様、余計に震えてしまいました」

 このままでは可哀想なので、涼太は手っ取り早く用件を済ませる事にした。
 周囲を確認し、人気がない事を知ると、被っていたフードを取る。

 涼太の黒髪を見た騎士は驚いたように目を見張った後、すぐに鋭い視線を向けてくる。
 やはり、涼太を見ただけでは駄目だ。フェリクスが変わった時は、涼太は彼の名前を呼んだような気がした。
 今回は、それを確かめる為に、こうして涼太たちは動いている。

「マルテはこの人の名前、わかる?」
「いいえ、申し訳ありません」

 その時、騎士を縛っていた紐がミシミシと音を立ててながら締まった。首にもゆっくりと紐が巻かれ、騎士から呻き声が漏れる。

「名を名乗れ。余計な事は言わなくていい」
「くっ……う、ディ、ディルク」

 騎士が、呻きながら自分の名を告げた。
 流石と言うべきか。バルトルが味方についてくれて本当に良かった。
 バルトルがいなかったら、涼太もここまで大胆な行動も取ろうとは思わなかっただろう。

「ディルク」

 涼太が騎士の名を呼ぶ。すると、騎士はそのままピタリと動きを止めた。
 フェリクスの時と同じだ。
 涼太を見ながら目を何度も瞬かせた後、騎士が喘ぐように言った。

「せ、精霊、さま……っ」

 黒い靄は、蒸発するようにその姿を消した。

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