16:随従する者たち

 シルヴァンは、嘗ては神童と呼ばれていた。
 大人と対等にやり合い、将来も有望視されていた。公爵家の養子になったのは、そんな自分が片田舎の領主に収まるべきではないと思ったからだ。

 公爵家に入ってからは、異性同性に関わらず、様々な人間に好意や興味を持たれた。それはシルヴァンの地位や将来性を見込まれただけでなく、他人より充分秀でた顔立ちも、その理由の一つだった。

 しかし、そんなシルヴァンが築き上げたプライドが、見事に粉砕される事になる出会いがあった。
 義父に、リュシアンを紹介された時だ。学問も、武術も、乗馬も顔も何もかも、リュシアンには負けた。シルヴァンにとって、生まれて初めての敗北だった。

 天狗の鼻をへし折った当の本人は淡々としたもので、勝ったことをひけらかす訳でも、負けた者を馬鹿にするでもなかった。何故かそんな態度が悔しくて、絶対にリュシアンを負かせて、自分に興味を持たせたいと考えるようになっていた。

 それがどうしてこうなったのか、いつの間にかリュシアンの片腕と呼ばれるようになり、リュシアンが国王になれば、宰相はシルヴァンとも言われるようになっていた。
 義父の思惑の内だったのだろうが、シルヴァン自身もこれ以上ない地位に就ける事は吝かではない。
 未だかつてリュシアンに勝った試しがないため、このままでは一生彼に着いていく事になるだろう。

 その顔で人当たりが良く、優秀な王子様とくれば、当然他人から好かれる。現に、リュシアンの回りには、彼を心酔する者たちで溢れている。だが、リシュアンが彼の全てを見せているわけではない事に、シルヴァンは気づいていた。その奥底で彼がどんなことを考えているのか、シルヴァンでさえ全く分からないのだ。
 そのリュシアンは、今は精霊に付きっきりだった。

 神具問題と精霊については、リュシアンが国王から一任されている。要は、面倒な事を優秀な息子に丸投げしたのだ。
 精霊に関しては、下手な事をすれば国の転覆だって有り得るため、その判断は正しかったと思う。が、諸々の皺寄せはシルヴァンたちにのし掛かっていた。

「リュシアン様は、どちらにいらっしゃるのですか?」
「セ、セリア様……っ」

 潤んだ目で見上げられた部下が、顔を真っ赤に染めたが、背後に控えていたセリアの護衛たちに睨まれて、瞬時に青くなった。

(アホか……)

 助けてくださいと、すがるように目線を送られて、シルヴァンは仕方なく、岩のように重い腰を上げた。
 癒しの力を持つセリアは、大切に扱わなくてはならない。国のために、しっかり働いてもらわなくてはならないのだ。

「セリア様、いかがいたしましたか?」
「シルヴァン様なら、リュシアン様がどちらにいらっしゃるのか、ご存知ですよね?」
「すぐにお戻りになりますよ」
「違うの。今どこにいるのかが知りたいのです」

 シルヴァンは、方眉を上げながら、首を傾けた。

「セリア様は、今までどちらに?」
「神殿でユベール様とお茶を頂いておりました」
「そうでしたか」
「それで、リュシアン様は?」
「ご心配なさらなくても、もう間もなく、ああ、戻っていらっしゃいましたね」

 リュシアンに気付いたセリアが、顔を明るくしながら駆け寄って行くのを、シルヴァンは無感動に見ていた。

「シルヴァン、あんなに可愛いのを前に、よく無表情でいられるな」

 小声で話しかけられて、シルヴァンはチラリと相手を見遣る。同僚は、未だにうっとりとセリアを見ていた。

「あ、こいつ生粋のババ専なんだよ」
「熟女と言え」


「リュシアン様!」
「セリア、何かあったのか?」

 抱きついてきたセリアを受け止めて、リュシアンが優しげに尋ねる。
 そんな二人の様子を、セリアの回りにいた護衛たちが唇を噛み締めるようにしながら見ていた。

「お会いしたくて来てしまいました。リュシアン様は、今までどちらに?」
「大切な仕事があったんだ」
「お仕事ですか? 大変でしたね。では、今から一緒に休憩いたしませんか?」
「いや、謁見まで時間がない」
「そんな……。なら、夕食はご一緒できますか?」
「すまない。だが、明日の祝祷の後なら時間が取れるかもしれない。期待しているよ」
「はい! リュシアン様」


「あんなに好かれて、羨ましい……」
「期待って、祝祷の方? 逢瀬? どっち?」
「煩い。リュシアン様をお迎えしろ」

 セリアと別れたリュシアンを迎え、早速仕事の申し送りを始める。
 このリュシアンの執務室には、選ばれた精鋭しかいない。当然、全員口は固かった。

「それで、精霊様のお加減は?」
「お目覚めになってから、表面上は元気そうに過ごされている」
「そうですか。こちらにいらっしゃる事は、まだ暫くは伏せていた方がいいですね」
「時間の問題だろうが、そうだな」
「フェリクス様には、新たに教師を付けました。やる気だけは素晴らしいです」
「人って、あんなに変わるもんなんだな」
「それと、精霊様が偽者だという噂ですが、今は本物だという噂まで流れ始めているようです」
「いやー、あれを見たら、偽者ってのは否定したくなるよ。フェリクス様の目が醒めるのも頷ける」
「そうですよね! あの素晴らしい癒しの力をもう一度全身で感じたい。ああ、一刻も早くオンディーヌの輪を精霊様にお届けしたいのに……。きっとお優しい精霊様は、思うように力を使えず、心を痛めていらっしゃるはずです」

 彼も優秀なリュシアンの部下だ。夢見がちなところはあるが。

「……噂の出所はどうしてる?」
「呪術師の行方は未だ掴めていません。盗賊共が失敗したので、当分は姿を現さないかもしれませんね」

 シルヴァンの報告に頷いたリュシアンは、相変わらず無表情だった。




◇◇◇




「リュシアン様は、精霊様にお会いしていたのに、仕事だったと仰っていましたね」
「当然なのではないですか? リュシアン様にとって、それは仕事の一環です」
「そうですよね」

 微笑んだセリアに、周囲にいた者たちは皆、うっとりとした表情を見せた。

「リュシアン様も大変ですね」
「仕方がないです。リュシアン様は何れ王になるお方。あらゆる問題も解決しなくてはなりません。僕は、リュシアン様のお手伝いがしたいのです」
「セリア様、我々もセリア様の為に何でもいたします」
「ありがとう。最近、フェリクス様が一緒にいてくださらなくなったので、とても不安でした。嬉しいです」
「我々は、決してセリア様から離れたりはいたしません」
「うふふ、心強いです。それで、バルトルさんの事ですが……。クラウスさん、何かわかりましたか?」

 クラウスと呼ばれた長身の騎士が、後方から前へ歩み出て、セリアの前に立つ。

「どうやら、今はリュシアン様の護衛から外れているようです」
「そんな……、それは大変です。きっとバルトルさんは、精霊様のお側にいらっしゃるんですね。だったらリュシアン様はどうなってしまうの? いつも守ってもらってばかりだけど、今度は僕がリュシアン様をお守りしなくちゃ。お願いできる? クラウスさん」
「はい。セリア様のためなら」
「ありがとう」

 そう言って、セリアがクラウスの手を握る。クラウスは跪き、ほっそりした手の甲に口づけた。

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