13:痛み

 セリアは、涼太の存在をどう思っているのだろう。 ヴィオを食べながら、涼太は考える。

 フェリクスが乗り込んで来るくらい、セリアが塞ぎ込んでいるのは、本当に涼太が原因なのだろうか。
 考えてみれば、実際に力を使えた事で、涼太自身が精霊だったという可能性が高くなってしまった。リュシアンへ向けていたセリアの眼差しを思えば、彼から離れたくないと考えていてもおかしくはない。だから、涼太が今のセリアのように、リュシアンの隣に立つ可能性を考えて、落ち込んでいるのだろうか。

 それから一つ気になるのは、セリアのハーレムメンバーに、黒い靄に取り付かれている人たちが多いと言う事だ。セリアと黒い靄に、関係があるのかは知らないが、見る限り、あれが良いものではないのは確かだ。
 そもそも、黒い靄なんてものは、ゲームの時には存在しなかった。あんな怪しげなものが操れたなら、それこそ、世界征服だって出来そうである。

 けれど、黒い靄集団を何とかしようにも、今涼太の側にいるのは、マルテと扉の外にいる騎士たちしかいない。
 その騎士たちは、涼太の力を見て志願してくれたと聞く。やはり、味方を作るには、力を使うしかないらしい。
 あの時大きな力を使えたのは、ヴィオの実が関係しているかもしれないとマルテが言っていたので、取り敢えず、今は食べまくっている所だ。それで存分に力を発揮できればいいのだが。

 マルテを見ると、ニッコリと微笑まれたので、涼太の口も自然に綻ぶ。
 癒されてる場合ではない。

「初めて会った時の事だけど、多分、セリアは何かに取り憑かれてて、それに操られていたのかもしれない。弱い心に負けたって言っていたのも、そのせいだったのかも」
「操る……。確かに、あの時の私は、どうしてそうなっていたのか、今でも不思議に思います」
「その時は、マルテに黒くてモヤモヤっとしたものが見えていたんだ。心霊現象ってやつです」
「広場で仰っていた事ですね? それが私にも?」
「そう。だから、他にも取り憑かれている人たちがいるんだ。寒気がしたし、あれはいいものじゃないと思う」
「そっ、それは大変です! 人の心を操るなど、考えただけで恐ろしい」
「そうだよなぁ。マルテは、何時から取り憑かれていたんだろう。何か心当たりはある?」
「いいえ……。ユベール様にリョータ様のお世話を頼まれた時は、大丈夫でした。それから間もなくリョータ様と対面させていただいたので、いつ、その様な状態になったのかはわかりません」
「そっか。何か人を操る力とか、そんな話は聞いた事はないかな?」
「そう言った力は聞いた事はありませんね」

 フェリクスにも話を聞いてみようか。しかし、呼び出すのもこちらから行くのも、少しばかり面倒だなと思っていると、マルテが何かを思い出したように顔を上げた。

「あ、ですが、最近変わった力を持つ方が噂になっています。その方なら、何かご存知かもしれません」
「へえ、それってどんな力?」
「何でも、未来を予見できるそうですよ。占術の方と呼んでいるのを聞いた事があります」
「未来を?」
「そうです。いつ、どんな事が起こるのか、どうしたら幸せになれるかといったような事を告げるそうです。会った方々は、すっかりその方を心酔していました」
「その人はどこにいるのか分かる?」
「それが、神出鬼没だそうで、特定の場所にはいないようなんです。セリア様とその周囲の方々は、幾度もお会いした事があるとか。ですので、セリア様が占術の方ではないかとの噂もあります。一度、セリア様に話を伺ってみますか?」

「いや……、うーん」

 もの凄く怪しいではないか。
 セリアの前に、その占い師と会った事のある人に、話を聞いてみた方が良さそうだ。

 そう考えていた所で、俄に扉の外が騒がしくなった。
 突然上がった悲鳴に、マルテの表情が険しくなる。と、同時に、蹴破るように扉が壊され、数人の男たちが荒々しく部屋に雪崩れ込んできた。
 大きな体で、如何にも盗賊だといった風情の男たちは、真っ直ぐに涼太たちの方に向かってくる。彼らは皆、黒い靄を背負っていた。

「リョータ様!」
「マルテ!!」

 マルテが庇うように涼太の前に立つが、太い腕にあっさりと抱えられてしまう。悲鳴を上げるマルテの口は、大きな手で塞がれた。

「お前か、偽の精霊ってぇのは。精霊のフリして、男を漁ってるんだってな。相当な淫乱だってぇ話だ。どれ、俺たちが可愛がってやる」

 そう言ったのは、髭面で鼻が曲がり、顔には傷がある男だ。ゲームで、主人公を輪姦した挙げ句、殺した盗賊のリーダー格の男だった。
 涼太を取り囲んだ男たちが、ニヤニヤしながら見下ろしている。

 無力な者をどうやっていたぶってやろうか、そう物語る嗜虐に満ちた男の目が、涼太の体を竦ませた。
 昔から、この目が苦手だった。

 いつの間にいたのか、涼太は背後から男に抱え込まれ、リーダーの男には頤を掴まれる。

「可愛いなぁ。怯えた顔がたまんねぇ。お前の体が極上だって聞いたから、遊びに来てやったんだ。たっぷり楽しませろ」

 分厚い舌で涼太の頬を嘗めながら、簡単に上着を破いた。温かく太い指が体中を撫で回してくる。
 この感触は嫌だ。
 嫌で堪らないのに、口も体も固まったように動かない。制御出来ないほど、涼太は震えていた。

「こいつ、震えてやがる」
「俺たちに可愛がってもらうのが嬉しいのか? 拐ってやろうかと思ったが、我慢できねぇ。味見してからだ」

 リーダー各の男が胸を弄りながら、怯える様子を愉しむように涼太の顔を覗き込んでくる。
 咄嗟に男から逸らした視線の先には、べっとりと血が付いた剣があった。
 涼太の視線に気付いた男は、他の男に命じて、その切っ先をマルテに向けさせる。

 あの血は、扉を守ってくれていた騎士たちの物だ。涼太のために傷付けられたのだ。
 ポロリ、と涙を流す涼太を見て、男は愉悦に満ちたように顔を歪めた。涼太が泣いた事で、興奮が煽られたのだ。
 興奮のままに涼太の胸は強く摘ままれ、痛みに呻く。

「なあ、この神官もあの剣の餌にしてやろうか。知ってるか? 少しずつ刻みながら突っ込むと、よく締まるんだぜ。ただ、みんなあっさり死んじまうから、最初の二、三人しか楽しめねぇがな」

 どっと笑い声が沸く。
 拘束されているマルテは真っ青で、ますます両目から涙を溢れさせていた。

「マルテ……!」
「黙って見てろ。高みの見物だ」

 唇を戦慄かせる涼太の顎を強く掴み、無理矢理マルテの方を向けさせる。それからズボンを下ろし、涼太の尻臀を掴んだ。
 口から悲鳴が零れる。

「リョータ様……」
「おらっ、暴れるな!」

 藻掻いて暴れたマルテの肩に、剣が深々と突き刺った。刺した男はそれを抜き、今度は反対側の肩を貫く。
 目を見開いたマルテの両肩から、止めどなく血が溢れた。

「どうだ、楽しいだろう?」

 耳を嘗めながら言われた言葉が次第に遠くなる。涼太の目の前は、真っ白になった。
 それから、涼太を弄っていた男たちも部屋の壁も寝台も、何も見えなくなっていく。
 涼太の頭にあるのは、ただ、恐怖に引きつれたマルテの顔と、血に染まった赤い刃だけだ。

「マルテ、マルテ、……マルテ!!」

 何度も叫んでいると、聞き覚えのある声が涼太を宥めるように話しかけてきた。

「大丈夫です。マルテは無事です。盗賊たちは、私とバルトルが捕らえました」

 そんな声に目を瞬かせると、涼太のすぐ側にリュシアンがいた。彼は、心配そうに涼太を見ている。
 リュシアンを見た途端、恐怖は薄れ胸に安堵が広がった。

「……リュシアン?」
「そうです。遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。今はもう何も怖くありません。精霊様、あなたに触れても構いませんか?」

 涼太が頷くと、ゆっくり近付いてきたリュシアンに、そっと抱き締められた。涼太を見下ろすリュシアンに、一瞬だけ既視感を覚える。
 次第に部屋の中がぼんやりと見えて来て、倒れているマルテと、その側に黒尽くめの男がいる事が分かると、感じた違和感はすぐに拡散した。

「マルテがっ」
「彼は大丈夫。気を失っているだけです。騎士たちも、もうみんな大丈夫ですから力を抑えてください。このままではあなたが持たなくなってしまう」
「力? でも……」
「目が覚めたら、マルテも元気になっています。だから、今はゆっくり眠ってください」

 優しい言葉に、涼太の目蓋が徐々に落ちていく。
 それでも、マルテの表情と血の刃は頭から離れなかった。
 たとえ傷は治せても、心の痛みは癒せない。

「……許さない、絶対に」

 盗賊たちには、黒い靄があった。
 盗賊をここに誘導した人物を必ず見つけ出す。涼太は心に誓った。

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