12:黒いもの 見開いているフェリクスの目は、色々な感情が目まぐるしく流れているように見えた。
突然、一体何が彼に起こったのか。涼太は、マルテと顔を見合わせた。
「精霊、さま……」
そう、フェリクスが呟くように言う。さっきまでとは打って変わってしまった様子に、流石に心配になる。
「だ、大丈夫ですか、フェリクス」
「……俺は、今まで何を」
未だ剣に掛けていた自分の手に気づくなり、フェリクスは慌てたようにその手を引く。
すると、彼が背負っていた黒い靄は、煙のように薄くなり始め、そのうちに消えてしまったのだ。
(あっ、あれ!? 成仏した? 何が切っ掛けだったんだ)
成仏してくれたなら有難いのだが、本当にあれは何だったのだろうか。
心なしか、フェリクスの顔付きも変わり、イケメン度が増したような気がしないでもない。
「精霊さまの言う通りだ。今までの俺は、セリアに夢中になるあまり、他を気にしている余裕もなかった。アーレンスの王子たる者が、何て無様な」
「あ、気付いたんだ」
思わず滑りでた言葉に、フェリクスは思い切り落ち込んでしまった。
「ごめんなさい」
「いいえ、本当の事だから。愚かな僕を見捨てず、気付かせてくれた精霊さまのお陰で、目が覚めた。感謝したい」
「フェリクス殿下……!」
ツンツンは何処へ行ってしまったのか、爽やかに微笑むフェリクスを見て、マルテが感激したように目を潤ませている。
そんな彼らを、涼太は何とも言えない気持ちで見ていた。
フェリクスにちゃんとして貰いたかったのは、涼太の下心と打算によるものだし、第一に、それほど大した事はしていない。
とにかく、涼太の根底にあるのはリュシアンで、フェリクスが彼を手伝うようになれば、少しは時間に余裕もできて、あわよくば……、などと言う身勝手な思いからの行動だ。
「人を好きになれば、愚かな行動もしちゃいますよね」
しみじみと言えば、フェリクスはきゅっと唇を引き結んだ。
「僕は、もっと早くあなたに出会いたかった」
(……おい!?)
耳を赤くしたフェリクスが、微妙に視線を逸らしながら言う姿に、涼太は鳥肌をたててしまった。
(もしや、いや違うよな。あんなにセリアの事が好きだったんだ。そう簡単に乗り換えたりなんか……しないよな)
「これからは、王子として立派な姿を見せたい。兄上には及ばないけれど」
「いいんじゃないんですか。リュシアンは王子様の中の王子様だし、強いし優しいし、完璧だし……」
みるみるフェリクスの顔色が悪くなってしまったので、涼太は慌ててリュシアンについての誉め言葉を終わらせた。
「えっと、俺が言いたいのは、リュシアンはいずれこの国の王様になるんですよね。一生を国に捧げる身だから、ある意味、自分の自由はないんじゃないかと心配しています。だから、フェリクスが代わりに、自由に動いていればいいんじゃないですか」
「自由に?」
「他の国とか色々行ってみて、その国のいい所を学んでみたりとか? そうすれば、アーレンスも益々発展するだろうし、リュシアンも国民も喜ぶと思いますよ。フェリクスは物怖じしないから、他国と仲良くなるのも難しい事じゃなさそうですしね。その点は、リュシアンよりフェリクスの方が、案外上手く行くような気がします」
「本当に……!? 兄上より、僕が?」
身を乗り出すように言うフェリクスに、涼太は気圧されながら頷いた。本当にリュシアンへのコンプレックスが酷かったようだ。
「だから、フェリクスも外交についてだとか、今後の為にも、しっかりと学んだ方がいいかと思います。僭越ながら……」
そう言ってから、怒られるか不安になってフェリクスをじっと見ていると、段々と彼の顔の赤味が増してきた。怒りからでは無いようだが、新しい活路を見出だして興奮しているのだろうか。
「あんなに酷い態度を取っていたのに、そこまで僕を気にかけてくれてたんですね。本当に精霊さまは慈悲に満ちている……。見ていてください、僕はあなたの為に頑張ります!」
そう言うなり、フェリクスは晴れやかな表情で、颯爽と出て行ってしまった。
来た時とは違って、まるで憑き物が落ちたようだ。確かに、憑いていたものは居なくなっていたのだけれど。
「リ、リョータ様」
震える声で呼ばれてマルテを見れば、彼は滝のような涙を流していた。
「い、一時はどうなる事かと思いましたが、本当に良かったです。リョータ様は、殿下の為にあんな態度を取って下さっていたのですね」
「あのーマルテ、そんなに大したものじゃないんで……」
「ご謙遜を! 正直、フェリクス殿下の振る舞いには、心を痛める者もおりました。そうなってしまった理由を思えば、強くも出られず、我々も見守ってばかりいました。ですが、リョータ様のお陰で殿下にも自信がついたようです。本当にありがとうございました」
もう、何を言っても無駄かもしれない。涼太は笑顔を張り付けながら、心の中で、己の下心が産んだ結果に戦々恐々としていた。
「実は申しますと、私も初めてリョータ様とお会いした時、弱い心に負けていました。ですが、不思議とリョータ様とお話しをした瞬間、自分の弱さに気付く事ができたのです」
そう言われて、マルテと初めて会った時の事を思い出した。
あの時のマルテは、フェリクスの様に黒い靄を背負っていた。それから暫くして、靄は消えていたのだが、それもフェリクスと同じだ。
「リョータ様は、存在そのものが全てを癒して下さるのですね」
もしかして、黒い靄は取り付いた人間を操っているのだろうか。そう考えた所で、騎士や神官たちが黒い靄まみれだった事を思いだし、ゾッとしながら身を竦めた。
本当に涼太に黒い靄を消せる力があれば、早く何とかしなければならない。
あれだけの人数だ。もし、操られた人たちが事件を起こせば、リュシアンだって只では済まない。
あの怪しい黒い靄は、一体何処から発生しているものなのだろう。
◇◇◇
薄暗い部屋の中、寝台の上で絡み合う二つの姿があった。
忙しない呼吸に、寝台の軋む音。それから、大柄な男に組み敷かれている、ほっそりした男の喘ぎ声が、部屋を淫靡なまでに満たしていた。
「あっ……あぁっ、いいよぅ、もっと、もっと、いれてぇ……」
「はぁ、はぁ、この淫乱め……っ」
「ああんッ! きもちぃ、おっきいの、奥までくるっ、んぁッあっ、あぁっぁっ、はやく、もっと、いっぱいちょうだい」
「たっまんねぇな、お前、可愛いよ」
そう言った大柄な男が、細い腰を掴み、ぐっと腰を押し付ける。
「ひぃぃ……っ」
「くっ!」
仰け反って喘ぐ男の締め付けに、大柄な男は息を飲む。きゅうきゅうと狭い穴が、痙攣するように締め付けてくるのだ。
脳が痺れるような快感。これ程極上の体は知らない。
大柄な男は欲望のまま、華奢な体を抱き込み、激しく腰を振り始めた。
「あっあっ、んッあぁっあっ、あっはげしっ、あっ、こわれちゃうぅーっ」
「はッ、まだまだ、だぜ」
「あぁっ、おくぅっ、ダメっ、ひぃッあっ、あぁっんっ、あっあっ、いく、いっちゃうからッ、おしり、いくぅ!」
「はぁはぁ、くっ、うぅぅ、まだだ、もっと……もっとだ!」
白い体に、腫れたように紅く色付く乳首を吸いながら、その体の虜になっていた。己の太いものを、取り付かれたように激しく出し入れさせる。
そんな大柄な男の周囲を、闇に紛れていた黒い靄が、ゆっくりと取り囲んでいた。
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