11:意地悪

 涼太の家庭教師は、綺麗な女子大生だった。
 明るくて優しい彼女に対して、普通の男子中学生なら、甘い恋心を抱いたりもしていたかもしれない。だが、涼太は気さくなお姉さんといった印象しか持っていなかった。

 高校は、桔流家の傍迷惑な仕来たりで、有名私立校に入学しなければならない。
 もちろん、義兄も通っている高校だ。それを思うと憂鬱になるが、もし入学しなかったなら、新しい親類から貶されるのは涼太の母親なのだ。
 それほど成績が悪くない涼太でも、必死に勉強しなければならなかった。

「よく頑張ったね。そろそろ休憩にしようか」
「はい!」

 今日一番の返事をして、家庭教師に笑われた。
 今日のおやつを、涼太は物凄く楽しみにしていたのだ。入手困難な限定スイーツ、『とろりん黄金プリン』を遂に手に入れる事ができたから。

 桔流家のネームバリューを持ってすれば、そのくらい簡単に手に入れられただろうが、涼太にそんな事は出来ない。新しい家族に甘えるなど、考えられなかった。

 今回は、どうしてか中学の後輩が送ってきてくれたため、涼太もついに口にできる。彼もなかなかのお金持ちだし、きっと学校でもげっそりしている涼太を気遣ってくれたのだろう。

 胸を踊らせながら、足取りも軽くリビングに降りて、直ぐに足を止めた。
 なんと、そこには義兄がいて、その手には彼には似つかわしくないものがが握られていたからだ。
 目を見開いて動きを止める涼太に気づいた義兄は、涼やかな視線をちらりと向ける。

「甘すぎるな」
「な、なんで……」

 寮にいるのではなかったのか、それに、その手にあるのはもしや『とろりん黄金プリン』ではないのだろうか。
 テーブルに置いてある箱の中は空で、『とろりん黄金プリン』の文字だけが、高級感たっぷりに輝いているだけだった。

 全てを察した涼太は、じわりと涙目になる。
 それを見た義兄の口角が上がった。
 ここで泣いたら奴の思う壺だと思うが、意識すればするほど涙が込み上げる。唇を噛み締めている涼太の姿を、義兄は目を細目ながら見ていた。

「涼太君、どうしたの……あら」

 下に降りてきた家庭教師が、義兄の姿を目にすると、見る間に頬を染めた。

「あらいやだ、お兄さん帰ってらしたのね」
「はい、明日からは連休になるので、久しぶりに家族に会いたくなりました。先生にはいつもお世話になっています」
「涼太君は優秀だから、教え甲斐があります」

 何だろう、自分の事を話されているのに、物凄く感じる疎外感は。家庭教師は、すっかり女の子になってしまい、涼太には目もくれず義兄に夢中になっている。

(どこがいいんだ、こいつはこう見えても滅茶苦茶意地悪なんだぞ! やっぱり顔か、先生も顔で選ぶのか?)

「涼太、お土産を持ってきたんだ。これが美味しいから、これを食べなさい」
「まあ、とろふわ純白ババロアだわ! お兄さん、凄い!! これって半年待ちじゃなかったかしら」
「先生もご一緒にいかがですか?」
「よろしいんですか?」
「ええ、是非。涼太には同じ学校に来て貰いたいので、先生にも頑張っていただかないとならないですからね」
「まあ、うふふ」

(──俺は、俺は、絶対にババロアなんか食わないからなーっ!!)



 と、叫んだ所で目が覚めた。

「リョータ様、お目覚めになったのですね」

 そこには安心したように微笑むマルテがいて、しみじみと癒される。
 口の中が甘いのは、マルテがヴィオの実の果汁を口に含ませてくれていたからだろう。

「まだ顔色がよくありませんね」
「……ちょっと夢見が悪くて」

 よりによって、何故あんな夢だったのか。
 あれから結局、家庭教師の手前意地も張ってられず、三人で一緒にババロアを食べる羽目になってしまったのだ。
 外面のいい義兄を見ながら、うっとりしている家庭教師に、複雑な気持ちになっていた。彼女に恋をしていた訳ではなかったが、姉のような存在の人が、詐欺まがいな目に遭っているのが嫌だったのかもしれない。

「リョータ様、ヴィオの実を召し上がりになりますか?」

 涼太が頷くと、マルテは見覚えのある籠からヴィオを取り出す。
 そのお陰で、夢のせいですっかり飛んでしまっていた事を思い出した。

「あっ、髪! それに、門の外にいた人たちはどうなりました?」
「ええ、あの方々は、リョータ様のお力でとても元気になっていましたよ。……それと、髪の方は、後程整えさせて頂いてもよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします。あの、その籠に切った髪を入れてしまったんですけど」

 そう言うと、マルテは非常に複雑そうな表情をした。
 やはり、髪を無断で切った上、隠していたのは不味かったのだろう。
 あまり触れない方がいいかもしれないと思っていた所で、扉の外から来客を告げる声がした。

「リョータ様、少しお待ちください」

 マルテが対応に向かったので、涼太は自らヴィオを食べ始める。この爽やかな甘さは、リュシアンを思い出させるから好きだ。

「フェリクス殿下がお越しなのですが、お通ししてもよろしいでしょうか」
「フェリクスが?」

 浮上しつつあった気分が、一気に下がる。一体何をしに来たと言うのだ。
 こちらは別に用はないが、断るとマルテが困ると思い、フェリクスを迎える事にした。

 部屋に入って来たフェリクスは、相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
 そんな顔を見てから思い出す。彼の背後には、黒いモヤモヤがいた事を。
 涼太は、なるべくそれが視界に入らないように努めた。

「あんた、一体何をしたんだ? 祝祷の後、セリアが塞ぎこんじゃってるんだけど」

 仁王立ちしたままの開口一番の台詞に、マルテが顔をひきつらせた。

「フ、フェリクス殿下、おっ、お言葉が……」
「煩いよ。お前、出て行きなよ」
「ちょっと待って、何であんたがマルテに命令するんだ?」

 そう涼太が言うと、今度はフェリクスが顔をひきつらせる。

「僕に向かって、随分な口を利くね。何にも出来ない無能の癖に」
「フェリクス殿下!」
「マルテ、大丈夫だから。と言いますか、無能はどっちだって? あんたずっと、セリアセリアって言ってるけど、他にするが事ないわけですか?」
「……お前!」
「違いましたね。する事がないんじゃなくて、出来ないんでしたね。優秀なお兄さんがいたら、そりゃ、仕方ないですよね」
「貴様! 調子に乗りすぎだ……!!」

 怒りからか、顔を赤くしたフェリクスが、腰に下げていた剣に手を掛けた。

「リョータ様!」
「いいんですか? 俺、無能じゃなくてリュシアンの目の前で力を使ったんですよ。そんな俺を傷つけても大丈夫なんですか? セリアのために逆恨みで俺を傷つけたって言われたら、あんたの立場どころか、セリアだってどうなるか……」

 フェリクスは、悔しそうにギリギリと歯を食いしばっているが、剣を抜くつもりはないようだ。マルテは、信じられないものを見るような目で涼太を見ている。

 確かに涼太自身、自分でも性格が悪いと思ったが、高校生活と言う荒波に飲まれて、プリンで泣いていたような子どもではいられなかった。変な風に逞しくなってしまったが。

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