10:精霊様

 マルテには、涼太の体から、やわらかな光が溢れ出したように見えた。
 眩しくはないが、温かく優しい光を浴びて、マルテは涼太の力を身を持って知る。

 いつの間に側にいたのか、リュシアンが倒れそうになっていた涼太を支えていた。
 きっと、騎士に呼ばれて、ユベールの代わりにこちらに来ていたのだろう。

 リュシアンは、両腕でその体を抱き上げる。
 それから、彼が涼太に微笑むのを見て、マルテは息を飲んだ。人形の様な人だと言う印象が、大きく変わってしまうような表情だった。

 涼太は、そのまま力尽きたように、意識を失ってしまったらしい。無理もない、神具無しにあれだけの力を使ってしまったのだ。
 マルテは、門の外にいる、先ほどとはうって変わった様子の人々に目を向ける。
 もし、涼太が神具を身に付けていたなら、あの力はアーレンス全土、もしかしたら、それ以上に広がっていたのかもしれない。

「シルヴァン、後は頼んだ」

 リュシアンに声をかけられた緑色の髪の青年は、今は文官として働いているが、ゆくゆくは宰相になるだろうと言われている人物だった。
 彼は、呆然と佇む騎士や国民たちにちらりと視線を送ってから、リュシアンに向き直る。

「完全な箝口は無理でしょうね」
「構わない。が、努力する姿は必要だ」

 シルヴァンは、器用に片方の眉をひょい、と上げると、諾と応えてから国民たちに向き直った。

「リュシアン様……!」

 涼太を抱えたまま、門から離れて行くリュシアンをマルテは慌てて追い掛ける。
 とにかく、涼太の側から離れたくなかった。

 異世界から召喚する精霊には、何不自由なく幸せに過ごして貰わなければならない。それは、見習いの頃から何度も言われてきた言葉だ。

 精霊は、自国の勝手で呼び寄せたにも関わらず、必ずその力で国に尽くしてくださる、慈愛に満ちた存在である。だから、自分たちも誠意を尽くさなければならない。
 そう教えられて来たはずなのに、マルテはそれを蔑ろにしようとしていた。ユベールから精霊の世話を頼まれた時は、確かに嬉しかったし、誠心誠意尽くそうと思っていたのに。
 しかし、いつの間にか、何も出来ない精霊よりも、セリアの為に働きたいと考えていたのだ。
 目の前で、涼太に名前を呼ばれるまでは。

「側仕えになった者か。目は陰ってはいないな」

 ちらりとマルテの目を見たリュシアンが、そう呟くように言った。
 よく意味がわからなかったマルテだが、涼太を抱えながらもスタスタと進むリュシアンに必死について行く。

「名は?」
「マ、マルテでございます」
「リュシアン様!」

 そんな時、セリアが走ってこちらに向かって来る姿が見えた。足を止めたリュシアンに、マルテも立ち止まってセリアを見る。

 マルテは、確かにセリアを尊敬していた。国民のために身を粉にして動いている姿は、本物の精霊のようだったからだ。
 だからと言って、精霊を蔑ろにしてまで、セリアの側にいたいと考えていた自分はどうかしていたと思う。

「リュシアン様、今何が起こったのですか? その方は精霊様……」

 リュシアンの腕にいるのは、見習い姿の涼太だが、セリアには誰なのかが分かったらしい。

「セリア、祝祷の最中だろう。皆が待っている」
「ですがリュシアン様、その方をどうなさるおつもりですか?」
「部屋へお連れするだけだ」
「それなら他の方に。リュシアン様がお側にいて下さらないと不安なのです」

 そんなセリアの頼りなげな風情には、心を痛めてしまいそうになる。
 けれど、リュシアンに不安だと訴えるセリアの周りには、彼を守る騎士や神官たちもいるし、第二王子のフェリクスもいる。マルテしかそばにいない涼太の方が、よっぽど不安ではないかと思う。
 何せ、涼太は異世界から、たった一人で渡って来た身だ。

 リュシアンはどうするのだろうかと、不安な面持ちでマルテは彼を見る。

「分かった」

 そう答えたリュシアンに落胆する。
 セリアは花が咲いたように微笑んだ。彼は精霊を尊敬していたのに、涼太の事は心配ではないのだろうか。

「じゃあ誰か、」
「いや、いい。──バル」

 リュシアンの呼び掛けに、黒ずくめの男が音もなく現れ、リュシアンにひざま付いた。
 突然目の前に現れた人物にマルテは驚いたが、彼が何者かがわかり、更に驚く。
 王家を守る隠密がいると聞いた事がある。バルと呼ばれた彼がそうなのだ。

「異論はないだろう?」
「命に代えても」

 短いやり取りの後、立ち上がったバルが、リュシアンから涼太を恭しく抱き取る。

「な、どうして彼が」
「兄上、一体どういう事ですか!?」

 驚くセリアとフェリクスに、リュシアンは事もなげに言った。

「他の者はセリアを守らなくてはならないだろう。さあ、広場に向かおう、皆が待っている」
「そ……そうですね。僕、頑張らなくちゃ!」

 セリアとリュシアンたちが、広場に向かって歩き出した。
 マルテは、迷わずバルを追い掛ける。

 何となくマルテが振り返ると、リュシアンの視線がこちらに向いていた。
 涼太を見ているのだろうか。リュシアンは、すぐに前を向いていてしまったので、それを確かめる術はなかった。



 涼太の部屋は、神殿の奥にある。
 オンディーヌの輪が見つかるまで、精霊の存在を秘匿する理由もあり、人気があまりないような場所だった。部屋を守る神殿騎士も限られている。
 それが、今は不安だった。先ほどの涼太の力の解放で、彼の存在が知られてしまうのは、善良な人たちばかりではないかもしれない。

 王家を守るために存在する隠密は、きっと強いのだろう。バルが涼太の護衛についてくれたなら、心強いのだが。

 寝台を広げると、バルがそっと涼太を寝かせる。
 フードを取ると美しい黒髪が顕れたが、その状況を見てマルテが悲鳴を上げた。

「かっ、髪が……!」

 短くなっている。しかも、何故かギザギザのガタガタだ。
 先程フードが外れた時は、涼太の力に驚いていて気付かなかった。いつからこの様な状態だったのだろうか。

 青ざめてひっくり返りそうになっているマルテをよそに、微動だにしないバルは、涼太の髪を見て僅かに眉を動かしただけだった。

「ち、力を、神具もないのに、力を使われたからでしょうか……!?」
「いや」

 そう言ったバルが手にしていたのは、一房の長い黒髪だった。

「それは!?」
「変装をなさる時に自らお切りになったのだろう。按ずるな」
「いつの間に!?」

 涼太が髪を切っていたのも気付かなかったし、バルがその髪を手にしていた事にも気付かなかった。

「精霊様は、ヴィオの実を召し上がっていれば間違いない。ただし、リュシアン様か、精霊様自らお取りになったものでなくてはならない。これはリュシアン様からのものだ」

 そう言って、マルテに籠を押しつけたバルが、部屋から出て行こうとするのを慌てて呼び止める。

「精霊様をお守りしては下さらないのですか?」
「それは俺が決める事ではない」

 それは、そうだが。あんなに大切そうに扱っていたのに、あっさり出て行こうとするのは納得出来なかった。
 リュシアンに直接交渉するべきか。だが、それはあまりにも恐れ多いので、先ずはユベールに掛け合ってみようと思うマルテだった。

「あれっ、リョータ様の髪は!?」

 気付いた時には、既にバルはいなくなっていた。涼太の髪を持ったまま。
 マルテは籠の中にある、瑞々しく輝く赤い実を見ながら、ため息をついた。

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