09:王子は王子様 担架の上の女性は、ピンク色の髪と緑色の目だった。その女性を見て、涼太は思い出したことがあった。
彼女の髪には見覚えがある。ノートルスウェの当日、事故に遭いそうになった女性が、彼女だったような気がする。そして、そんな危ない所を助けるのは、セリアだ。
直接的な場面の描写はないが、彼女を庇ってセリアが怪我をしてしまう。それは、主人公が選んだルート次第では、重症になってしまう場合もあった。
もちろん、主人公が力を使って治療するのだが、その事故が切っ掛けで、二人の友情が深まったような雰囲気だった。治療がうまく行けば、セリアのお手伝いと言う名の妨害行動も、落ち着いてくる。
その彼女がなぜ、今こんな事になっているのだろう。
涼太が女性に近付こうとすると、そっとマルテに止められた。
「リョータ様」
「すみません、ちょっと話を聞くだけです」
「わかりました」
不安そうな表情のマルテも、涼太の後ろからついて来る。
「大丈夫ですか?」
涼太が屈み込んで話しかけると、女性は小さく頷いた。
「申し訳ありません、ご迷惑をおかけているのはわかっているのですが……」
ゆるゆると涼太たちを見上げた目は充血していて、周りには隈が浮かんでいる。彼女の緑色の瞳は、暗く陰っているように見えた。
涼太が、彼女を思い出す切っ掛けとなったピンク色の髪も、くすんでしまっている印象だ。
「お医者さまに、駄目かもしれないと……。主人が、この子の父親が亡くなって、この子までいなくなってしまったらって思ったら、いても立ってもいられず」
そうして、ポロポロと涙零す。そんな彼女の姿を見て、涼太も一緒になって涙を流した。
昔から、そういった話にはとことん弱く、涙腺はかなり緩い。友人からも、ちょろすぎるとからかわれていたくらいだ。
「あ、神官様……」
泣いている涼太に驚いたのか、女性が門の外から手を伸ばして来る。
細くて、荒れた手だった。きっと、大黒柱を失って、必死に働いていたのだろう。
「リョータ様」
マルテに呼び止められたが、涼太を心配して伸ばされた手を思わず握った。
(優しい人だ。もう悲しい思いをしたら駄目なのに……)
ただの一方的な片想いでさえ、好きな人が遠いというだけであんなに悲しかった。愛する人がいなくなってしまうのは、どんなに悲しくて苦しい事なのだろう。
それでも、お腹の子どものために辛くても頑張ってきたのかもしれない。一生懸命頑張ってる人には幸せになって欲しい。
彼女の周りにいる人たちも、彼女を助けたくて必死な様子が伝わって来る。
(俺も、力になれたらいいのに)
そう涼太が強く思った途端、身体がじわりと熱くなった。
その熱がぐるりと体の中を走り回るような不思議な感覚がした後、一気に表に飛び出した。
飛び出したものは、キラキラと光って目に見えている。
「せっ、精霊様……!!」
急いで女性から手を離して立ち上がったが、体から何かが飛び出した反動で、涼太の体も軽く弾き飛ばされた。
マルテの驚いた声がしたが、一緒に全身の力も飛び出してしまったようで、倒れそうになる体をコントロールする事はできなかった。
このまま、地面に倒れたら痛いだろうな、などと考えていたら、直前で誰かに抱えられる。
このタイミングで涼太を支えるなど、どこの王子だと思いながら相手を見上げて息を止めた。
本当に王子様だった。
キラキラと輝くプラチナブロンドに、二重の涼やかな形の良い目、真っ直ぐ伸びた鼻梁に薄いけれど艶々な唇。
太陽の下では更に眩しくて直視できないような美貌が、涼太を見下ろしている。
「無茶をなさる」
そう言ったリュシアンの青い瞳が優しく緩むのを、涼太は呆然としながら、ただ見ている事しか出来なかった。
「か、体が楽になったわ」
そんな声にはっとして女性を見ると、彼女の顔色は見違えるほど良くなっている。
「俺も、昨日の怪我の痛みが引いてる」
「リュシアン様、その方は……」
すっかり露になってしまっていた涼太の頭にフードを被せると、リュシアンは両腕で涼太を抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこと言われているものだ。
(何だ、一体何が起こってるんだ……?)
混乱しながらリュシアンを見上げる。
彼は、セリアの隣にいたのに、どうしてここにいて、あまつさえ涼太を姫抱っこしているのだろう。
「神具も介さず、あれほど大きな力を使われては、お体に負担があるのではないですか? 後は大丈夫ですから、ゆっくりお休みください」
自分は今、癒しの力を使ったのだろうか。神具も無しに、キラキラが飛び出る程の力は使えるのだろうか。
リュシアンから言われた事に疑問はたくさんあるものの、確かに全身の力は抜けたままだ。
それから、急激に襲ってきた眠気にあらがえず、涼太はゆっくりと目を閉じた。
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