08:光と影

 この本神殿はとても広い。本堂や礼拝堂、神官たちの生活のための建物と、それらでU字に囲むように造られた大きな広場がある。 建物と広場の間には、礼拝堂から門へと続く長い回廊が伸びていた。

「セリアは、どうやって祝祷を?」
「セリア様は、国民の一人一人、相手の顔をご覧になりながら祝祷をお授けになります」

 それは素晴らしい事だと思うが、時間がかかってしまうのではないだろうか。
 きっと、一度に希望者全員とはいかないだろうけれど、神具がないから仕方がないのかもしれない。

 回廊を歩いていると、人々の歓声が聞こえてきた。
 神官たちとすれ違わないのは、みんな祝祷が行われる広場にいるからなのだろう。

「よ、よろしいですか、決して私から離れないで下さい。お顔も、お見せにならないように」
「わかりました」

 緊張のためか、少々青ざめているマルテを見て、彼に対して申し訳なく思う。なるべく、マルテの負担にはならないようにしたいが、そうも言っていられないかもしれない。
 何せ、物語は涼太が知らない方へと進んでしまっているため、いつ何が起こるか予想ができないのだ。

「そうだ、俺の事は涼太って呼んでください」
「えっ!?」

 マルテは、驚いた声を出して足を止める。

「もし誰かに聞かれたら大変なので、名前でお願いします」
「……は、はい、わかりました」

 眉を下げて返事をするマルテに、若干不安は残るものの、お願いするしかない。
 それに、力も使えないのに精霊と呼ばれるのも、正直気が引けていたのだ。



 広場にはたくさんの人たちが集っており、神殿側には騎士と神官たちの姿が見えた。
 彼らを目にした途端、涼太の足が止まる。

(な、なんで……)

 黒い靄が増殖していた。 遠目からでも見える。数人の騎士と神官たちの背中に、もやもやとしたものが取り付いているのだ。

「リョ、リョータ様? どうかいたしましたか」
「心霊現象が……」

 涼太が声を震わせながら、靄を背負った騎士たちを指差す。マルテもその方角に視線を向けたが、首をかしげた後、不安げに口を開いた。

「リョータ様には何か見えていらっしゃるのですか? 何か、恐ろしいものでも……」
「あっ!」

(リュシアン様!)

 黒い靄の集団の向こうに、リュシアンの姿が見えた。一人だけ眩しいのは、あの輝きで靄を跳ね返しているからに違いない。
 だが、彼の隣にはセリアの姿があって、涼太の気持ちは一気に沈んだ。

 セリアがリュシアンを見上げると、彼も何か言ったのかセリアが嬉しそうに微笑んでいる。
 あれは、リュシアンルートで見た、主人公とリュシアンのやり取りのようだった。

 どうして、あそこにいるのが自分ではないのだろう。リュシアンは、既にセリアのことが好きになってしまったのだろうか。

 不安ばかりが胸をよぎる。
 ぽっと出の涼太より、癒しの力で国を救っているセリアがいいに決まっているのは、考えるまでもない。
 何の力もなく何も出来ない涼太では、到底あの場に立つ事など出来るはずがなかった。

 もう、諦めるべきなのだろうか。
 涼太の目から、ポロリと涙が落ちる。
 悲しさで胸が痛くなる事があるなんて、初めて知った。

(声が聞きたいって言ってたのに)

 涼太を必要としてくれたみたいで嬉しかった。この世界で初めて、涼太に願いを言ったのはリュシアンだ。

「せっ、精霊……、リョータ様、大丈夫ですか!? シンレイゲンショウとは、そんなに恐ろしいものなのですか?」

 マルテが、おろおろとしながら涼太を見る。
 人が良さそうな彼を翻弄させてしまった。

「だいじょうぶです」

 そう言った口調は震えていて、全く説得力がなかった。
 案の定、マルテは部屋に戻ろうと言い出した。

 涼太も、これ以上リュシアンたちの姿は見たくなかったため、同意しようとした。しかし、神殿とは広場を挟んだ向かい側の辺りが、何故か急に気になり始めた。あちらは、神殿の正門がある場所だ。
 落ち込んではいたが、今どうしても行かなければならない気がする。

「心霊現象は、ユベールさんに後で聞いてみます。少し、あっちへ行ってもかまいませんか?」

 涼太は、大きな門が見える方角を指差す。
 少し気を取り直した様子の涼太に安心したのか、マルテは回廊の先に誰もいないのを確認すると頷いて了承した。

 実際に歩くのは初めてだが、ゲーム内では通った場所だ。
 しばらく回廊を歩き、門に到着しようとした所で騒ぎに気付いた。
 マルテが、涼太を隠すようにしながら前を進む。

 高い屏に造られた格子状の門扉は、細かい彫刻が施され、BLゲームの舞台に相応しく煌びやかなものだった。
 その華やかな門は閉じられ、神殿騎士たちが門の外にいる人たちと押し問答を繰り広げている。

「どうしたんでしょう」
「話を聞いてきます」

 マルテが、神殿騎士のもとへ近付くと、騎士たちも涼太たちの存在に気付き、助けを求めるような目を向けてきた。

「神官殿」
「どうかいたしましたか?」
「それが、どうしてもセリア様にお会いしたいと言う者がおりまして」
「ああ、そうでしたか」

 騎士とマルテのやり取りに、涼太は首を傾げる。
 そんな様子に気付いたマルテが、涼太に説明した。

「一度に沢山の力を使われるのは、セリア様のご負担になるので、祝祷を受けられる人数はあらかじめ決められているのです」
「そうだったんだ」

 門の外には何人もの人々が集まっており、中には切羽詰まったように、門にしがみ付いている人もいた。

「神官様!!」
「お願いです! セリア様にお目通しください!」
「神官様! お願いします」

 マルテの存在に気付いた人たちが、今度は彼に向かって懇願する。

「セリア様は必ず皆様にも癒しの力を授けてくださいます。それまでお待ちください」
「それじゃあ間に合いません! お願いします!」
「彼女にはお腹に赤ちゃんがいるんだ! 何とかしてやってくれ!」

 そんな言葉に驚いて門の外を見れば、蒼白な顔をした女性が担架のような物に横になっていた。

 マルテが困ったように騎士たちを見上げるが、騎士たちも困惑した表情を浮かべている。

「例外を出すと、際限がなくなるとの事です……。別の者が、神官長へ伝えに行ったのですが、まだ戻って来ません」

 騎士がマルテにそう伝えると、マルテは眉をへの字にさせながら涼太を見た。

 今の自分が、主人公のように力を使えたなら。
 涼太は、強く唇を噛み締めた。

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