07:行動あるのみ

「間もなく、ノートルスウェの祭りが行われるので、忙しなくて申し訳ありません」
「ノートルスウェ……」
「この国で大きな祝祭のうちの一つです。今年はセリアの評判もあり、各国から貴人方の参加もあるそうです。一層盛り上がりそうなので、精霊様も楽しみにしていてください。これからセリアの祝祷があるので、私もこれで失礼いたします」

 涼太の世話をするという神官を置いて、ユベールは出て行った。

 ユベールを見送った後、涼太はリュシアンが持ってきたヴィオの実を無言で食べ始めた。

 ノートルスウェは、国を上げて行なわれる、大きな祭りだ。ゲームファンからは、ハーレムパーティーと呼ばれている。
 主人公がオープンカーならぬ、オープン馬車に乗ってパレードをするのだが、攻略キャラ達ががっちり主人公の周りを囲む。
 その中でも、好感度が高い相手が、主人公の隣に座わることになっていた。僕たちラブラブです、とアピールしながらパレードをするようなものだ。

 今回の祭りはこのままだとセリアが出るのだろうし、涼太には関係ない。関係ないが、リュシアンがセリアの隣に座ってしまったらと思うと、いても立ってもいられなかった。

 涼太は、ヴィオの実を次々に口に運びながら唸った。

「せ、精霊様、お食事をご用意いたしますが……」

 おずおずと声をかけられて、あえて視界から外していた神官を見た。が、すぐにそっと視線を外した。

 彼自身は、ごくごく普通の神官のようだったが、何故かもやもやとした黒いものを背負っている。フェリクスよりも薄いような気もするが、もやもやは同じだ。
 この世界では、心霊現象でも流行っているのだろうか。
 それに、彼に何となくやる気と言うか、活気が無いように感じるのは、怨霊に生気を吸われているからかもしれない。
 背筋を震わせながら、ここに来てから体が寒くなってばかりいると、つくづく思った。

「あの、精霊様……?」

 再び声をかけられて、上げそうになった悲鳴をヴィオと一緒に飲み込む。
 彼自身は怖くない、はずだ。
 ゲーム内では、名前もないモブキャラであろうが、ちゃんと名前だってある。

「えっと、マルテさん?」

 涼太が名前を呼ぶと、急に彼の瞳が輝きだした。
 そんなに名前を呼ばれたのが嬉しかったのだろうか。普段、よっぽど酷いあだ名か何かで呼ばれているのかもしれない。
 何となく、彼に対する親近感が湧いた涼太だった。

「精霊様に何も出さずに申し訳ありません! ただ今、お食事のご用意をいたします!」
「あ、何かヴィオの実だけでいいみたい、です……」

 何故か急にやる気になったマルテが、張り切りだした。普段はこんな勢いには流されてしまう所だが、ここは頑張ってお断りする。
 今の涼太は本当にヴィオだけで充分だったし、それに、やらなければならない事があるのだ。

「ですが……」
「何か食べたくなったら、その時にお願いします」
「はい。何時でも何でもお申し付けください!」

太っ腹な申し出に、遠慮なく乗って、お願い事をしてみる事にする。

「あの、頼みたいことがあるんですけど」
「はい、どういたしましたか?」
「ヴィオの実を切るナイフと、神官見習いの服を貸してくださいませんか?」
「見習いの、服、でございますか?」
「はい。これからセリアの祝祷があるんですよね? ちょっと様子を見たいけど、このままだと目立つので……」
「いや、しかしそれは」
「祝祷は神殿で行うんでしたよね。神殿からは出ません。神官より見習いの姿の方が目立たないですし、すこしだけ……駄目、ですか?」

 言い淀むマルテに、真剣な顔をしながら、ついでに上目遣いでお願いしてみた。これは、さすがの義兄も騙された手口だった。

「わ、分かりました。新しいものをご用意するので、少しお待ちください」

(てか、いいのか。バレたら大変なのに……)

 涼太は、部屋から出て行くマルテを見送りながら、急に不安になった。自分で仕掛けたくせに、いざ外に出るとなると躊躇したくなる。
 しかし、己の身と大事なリュシアンのためならば、ためらってなどいられない。

 祝祷は、主人公が国や国民を思って祈る事だ。人々に癒しの力を分けて活気を与えたり、病気や怪我を治したりする。
 これを行う事で、緑が育ちにくくなっていた土地が肥え、少なくなっていた水も増えてくる。国を癒しているのだ。
 しかも、国民からの人気度も上がるので、評判も高まり、攻略対象からの好感度も上がりやすくなる。

 そんな大切な行事なのだが、セリアがどうこなしているのかが気になった。
 なぜなら、ゲームでのセリアはそこまで力は強くなかったからである。チートアイテムである、オンディーヌの輪を着けた主人公でさえ、祝祷の後はヴィオの実で力を回復させていたのだから。


「お待たせいたしました!」

 ヴィオの実を食べている間に、マルテが戻ってきた。
 戻って来たマルテの背後には、既に黒いもやもやはいなくなっていた。誰か他の人に乗り移ったのだろうか。願わくば成仏していて下さい、と、涼太は内心で祈った。

 ヴィオの実のおかげで、涼太の体力もだいぶ回復したようで体が軽い。
 起き上がってワンピースのような服を脱ごうとすると、マルテが悲鳴を上げた。涼太も驚いて彼を見ると、両手で顔を覆いながら、慌て後ろを向いている所だった。
 乙女のような反応をされる方が恥ずかしいのだが。着方が分からなくても、一人で頑張るしかないようだ。

 神官見習いの服は、顔を隠す様に出来ている。見習いはまだ未熟なため、神に顔を晒してはならないから、と言う事になっているが、涼太は、ゲームの制作者がモブの顔を作るのが面倒だったからではないかと思っている。
 しかし、そのおかげで、三角帽子の様なフードで髪も顔も隠せる。
 ただ、長い髪が邪魔で、隠そうとすると収まりが悪かった。

(髪を切りたい……)

 涼太は、チラ、チラと後ろを向いているマルテと彼が持ってきたナイフを見比べる。そして、そっと手を伸ばしてナイフを手に取った。

 この国では黒髪は特別だ。髪を切りたいと言えば、止められるかもしれない。涼太の行動が知られるのは本意ではないため、少しでも騒ぎになる可能性をなくしたい。
 つまり、黙って切る事にした。

 髪の適当な所にナイフをあてる。
 切りたいのは、セリアが髪を伸ばしているからだけではないが、それがあるからさっさと切りたいと思ってしまったのは確かだ。

 ナイフで適当に切るのは痛いが、とりあえず今はこれで凌いで、後で綺麗に切ればいい。
 切った髪は、リュシアンが持ってきた籠の中に隠し、フードを被った。

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