06:王子様と赤い実

 涼太はいじけていた。
 結局、どこにいても涼太のポジションは厄介者か、よくて空気扱いである。

 母親は、貢いでくれる男を探すのに忙しい人だった。
 さんざんお金持ちを渡り歩き、紆余曲折を経てやっと落ち着いたと思ったら、新しい家族からの涼太の扱いは空気並み。挙げ句、涼太自身も自分のパトロンを高校で見つけて来いと言われてしまった。
 男子校なのに。
 その辺は、自分で働いて稼ぐつもりだったので、適当に流していたが。
 いずれにしても、学校のみんなからは遠巻きにされていたため、パトロン探しの前に、お友達探しをするのが大変だった。

(俺って、一体……)

 考えれば考えるほど、遣る瀬なくなってしまった。
 ユベールがいなくなり、布団を被ってふて寝をしながら、涼太の気分はどん底まで落ちていた。

 しばらくそうしていた所で、今は過去を振り返っている場合ではない、と、気持ちを切り替える。とにかく、これからの事を考えなければならない。

 ストーリーは、オンディーヌの輪がないまま始まってしまっていた。このままでは、精霊とされている涼太は、BADENDに真っ直ぐ向かう事になる。
 まさに、敵の思うつぼだ。

 それに、国民のために癒しの力を使えば使うほど、攻略対象との好感度が高まりやすくなるのだ。
 セリアが精霊の代わりにそれをやっているなら、キャラクター達の、と言うか、リュシアンの大事なハートが奪われてしまうかもしれない。

 一刻も早くオンディーヌの輪を見つけなくてはならない。涼太と、リュシアンの貞操がかかっている。
 もし、オンディーヌの輪を見つけたら、BADENDを回避するだけではなく、ルート次第で日本に帰ることだって出来るかもしれないのだ。

 でも、日本に帰るより、リュシアンのそばにいたい気もする。よくよく考えてみれば、日本にそんなに未練はなかった。

 そんなふう考えていると、扉をノックする音がした。

「……はい、どうぞ」

 こんな自分に会いに来る物好きもいるらしいと、おざなりに返事をする。
 だが、扉を開けて入ってきたのがリュシアンだったため、涼太はあわてて寝台の上に体を起こした。

「お加減はいかがですか?」

 相変わらず麗しい王子様に、涼太は頷くだけで精一杯だった。
 リュシアンは、手にしていた籠を近くの台に置くと、寝台に近づいてくる。そして、涼太の背にクッションを重ねて、座りやすく整えてくれた。気が利く王子様である。

 お礼を言う前に、青い目が顔を覗き込んできて、涼太は息を詰める。美男子のアップには、絶対に慣れそうにないと思った。

「まだ、あまり顔色がよくありませんね。精霊様のヴィオの実を持ってまいりました。少しでも召し上がった方がいいでしょう」

 ヴィオの実とは、主人公が召喚された泉に生えるリンゴのような赤い実だ。それを食べると、癒しの力をたくさん使って疲れても、力を回復させる事ができるのだ。

「これは、精霊の泉で生まれた実です。精霊様と同じように、不思議な膜で覆われていましたが、私には手にすることができました」

 まさか、また血でも流したのかと思い、リュシアンの顔や手を確認する。
 そんな涼太を見ていたリュシアンは、口元を柔らかくした。

「大事ありません。何もしなくとも、泉は私を受け入れてくれました」

 それからリュシアンは、籠から食べやすくカットされたヴィオの実を取り出す。
 そう言えば、ここに来てから何も食べていない。瑞々しい赤い実を見ていたら、急にお腹がすいてきた。

 リュシアンは、寝台のすぐ脇に置いた椅子に座ると、何を思ったのか、カットされた実を涼太の口元に運ぶ。
 いわゆる、「あーん」と呼ばれる、親子か恋人くらいしかやらないものだ。

「口を開けてください」

 断れない性格の涼太は、固まったまま、言われるがままに口を開ける。
 ヴィオの実が入ってきたと同時に、爽やかな甘さが口に広がり、空腹だった涼太は反射的にもぐもぐと咀嚼した。

 何となく、この味には覚えがある。どこで食べた味だったか、思い出そうとして記憶を探る。

(──風呂場だ!!)

 あの時の味と同時に、リュシアンと裸の付き合いをした事を思い出して、涼太は衝撃にひっくり返りそうになった。
 すかさず伸びた腕に、背中を支えられる。

「大丈夫ですか?」

 心配そうに尋ねてくるリュシアンが近いし、しっかりと支えられた背中が熱い。

(お、お、俺をどうする気ですかーっ!?)

 心臓が早鐘のように脈打つ。このままでは、心臓が爆発してしまうかもしれない。

「もっと、ヴィオの実を召し上がってください」

 貧血だと思われたのか、心配そうに差し出されたヴィオを奪い取って、涼太は自ら口に運んだ。これ以上は勘弁してくださいと言うのが、涼太の本音だった。
 だが、そんな涼太を見ていたリュシアンが、哀しげにまぶたを落とす。

(あっ、わっごめんなさい!)

「やはり、神具を失ってしまった我が国をお怒りでしょうか」

(そっち!?)

 申し訳ありません、と頭を下げるリュシアンを涼太はあわてて止めた。
 涼太とて、自分が本当に精霊なのか、半信半疑なのである。オンディーヌの輪が見つかっても、セリアが使いそうな気がしなくもなかった。

 そんな涼太を見ていたリュシアンが、胸に手を当てて真剣な表情をした。そういた顔つきになると、怜悧な雰囲気になり、いっそう凛々しくなる。

「慈悲深い精霊様に感謝を。命に代えても、必ずオンディーヌの輪を見つけだします」

(ダメー! 命に代えちゃダメー!!)

 必死な表情で首を振る涼太に、リュシアンは目を細めて微笑む。冷たい印象だった顔から、花が開いたような温かい表情になって、涼太は動きを止めて見惚れた。

「ここにヴィオが……」

 リュシアンの長い指が、そっと涼太の唇をなぞる。
 ゾクッとしたものと、激しいドキドキとクラクラが、雪崩を起こしたように襲ってきた。

「できるなら、精霊様ご自身にも私を受け入れて欲しのですが。あなたの声をたくさん聞いてみたい」

 唇に触れられたまま言われたのは、まるで口説き文句のようだった。
 リュシアンの、一挙手一投足に翻弄される。恋愛経験なしの涼太は、突然のハイレベルな状況について行けず、心の中で必死に助けを呼んだ。

(誰でもいいから来てくれ、今すぐにだ!)

 そんな願いが通じたらしい。程なくユベールが来たのだが、リュシアンは退席しなくてはならなくなった。王子様も忙しいのだ。

 それはそれで悲しくて、名残惜しげにリュシアンの背中を見ていると、彼がくるりと振り返る。

「また、会いに来てもよろしいでしょうか?」

(そりゃもちろんですとも!)

 頷きながら涼太は、次に会った時は喋れるようにしときます、イメージトレーニングしとくんで! と宣言した。
 もちろん、心の中で。

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