05:進んでいた物語

「肝心な時には現れず、今さらこの国に来て、一体何のつもりなんだ」

 そうは言われても、涼太だってどうしてここにいるのかは分からない。
 理由が知りたいは思うが、さっきの声の主の怨念が引き寄せたって言うのが理由なら、絶対に知りたくはないが。

 それにしても、フェリクスにも嫌われてしまっているらしい。彼は攻略対象なのだが、好感度がマイナスから始まるなんて事はなかったはずだ。

 フェリクスはリュシアンの弟で、アーレンスの第二王子である。
 リュシアンとは違い、ふわふわしたハニーブロンドで、目の色も兄よりは薄いブルーだ。

 完璧な兄に対して劣等感を持っているが、主人公と関わるうちに、自分に自信をつけて行く。
 ツンデレキャラで、ファンにはデレたところが堪らなく可愛いと言われていた。涼太はまったく興味はなかったが。

「フェリクス殿下、精霊様に対して、そのような言葉を放ってはなりません」
「ごめんなさい、ユベール様! 僕が変な言い方をしてしまったせいです。フェリクス様は、慰めてくださっただけで」
「仕方ないですね。セリアが謝る必要はないんですよ」

 優しげな柔らかい声が聞こえる。きっと、この声の持ち主がユベールなのだろう。
 ユベールは最年少の神官長で、彼も攻略対象だ。
 紺色がかった紫の波打つ長い髪に藤色の目で、神官長なのに口元の黒子がエロいという設定だった。

 それにしても、ずいぶんとみんなはセリアに対して甘いように感じる。
 フェリクスが言っていた、神具を失った時にセリアが頑張っていた、という所がポイントなのかもしれない。

「さあ、セリア。精霊様に力を分けてさしあげてください」
「どうしてセリアがやらなくてはならないんだ」
「フェリクス殿下。何度もご説明しましたが、今の精霊様に必要なのは癒しの力なのです」
「僕、やります! 精霊様のお役に立ちたいです」
「……セリアが、そう言うなら……」
「はい、頑張ります。精霊様、失礼いたします」

 誰かに手を取られて、柔らかく握られる。そこからじわりと温かいものが流れてくるような感覚がした。

 重たかった体が軽くなり、ようやく自力で動かせるようになった気がする。
 慎重にまぶたを上げると、涼太を覗き込んでいる、藍色の目と視線がぶつかった。

「精霊様……!」

 相手は感極まったように声を上げて、白い頬を見る間に紅潮させながら、涙でその瞳を潤ませる。ものすごく可愛い子だった。
 彼が実写版のセリアなのだろうが、ゲームの時よりもずいぶん髪が長くなっていて、まるで美少女のようだ。

「セリア、よくやってくれました。精霊様には私から詳しくお話しをいたします」

 涼太が視線を動かすと、紫色の髪をしたやたらと綺麗で優美な男と、口をへの字にした不機嫌そうなブロンドのイケメンがこちらを見ていた。
 紫がユベールで、ブロンドがフェリクスなのだろう。
 ちなみに、涼太にはフェリクスの肩の辺りに黒いもやのようなものが見えたが、心の平穏のために見なかった事にした。

 三人しか見当たらないが、本当にこの中に涼太の敵がいるのだろうか。
 全員ゲームのキャラクターだ。涼太を憎む人物は、同じようにトリップしてきた訳ではないのだろうか。
 敵を見つけだすのは難易度が高いのかもしれない。このままだと、人間不信に陥りそうである。

「では、僕達はこれで失礼いたします」

 セリアとフェリクスがいなくなると、広くて白い室内に、ユベールと二人きりになった。

「初めまして、私は神官長のユベールと申します」

 そう言って、ユベールはその中性的な美貌に笑顔をのせた。
 とりあえず、偽物の精霊としてこの国から追い出されるといった心配はなさそうだ。





 ユベールからは、この国の事と、精霊についての説明がされた。
 知っている事だったが、何も知らないふりをして、涼太は黙って話を聞いている。

 涼太は、召喚に必要なオンディーヌの輪もないのに、精霊の泉に現れた。しかし、オンディーヌの輪は、涼太が力を使う時にも無くてはならないものなので、このままでは何も出来ない。
 そういった話を、ユベールは憂いを帯びた目で語っていた。

「精霊様がいらっしゃったと言う事は、どこかにオンディーヌの輪が存在しているはずです。我々が必ず見つけだします。今は、セリアという癒しの力を持つ者が、この国を支えておりますので、精霊様は安心してお待ちください」
「セリア?」
「はい。先ほど、精霊様に力を分けた者です。彼は幼い頃より、精霊様に憧れておりました。今は、心を込めて精霊様の代わりを勤めております。少しでも精霊様に近付けるように髪も伸ばしているのですよ。先日は、無月の祈りを無事に終えた所です」

(な、ん、で、す、と──!?)

 それは、主人公がトリップしてきてから初めて行われるイベントだ。
 毎日の日課をこなして周囲からの期待度が高まると、月蝕の夜がやってくる。この時に、癒しの力を披露すればいい。
 リュシアン、ユベール、フェリクス、それから、まだ涼太が出会っていない騎士との好感度が上がり、隣国の王に目を付けられる重要なイベントだった。

(やっぱり、ストーリーが進んでるのか。じゃあ、ここではセリアが主人公ってこと?)

 ユベールやフェリクスの態度を見ていると、セリアを中心に物事が進んでいるような気がする。
 ユベールは、さすがに神官長だから、精霊だと思われている涼太に対して丁寧だが、内心ではフェリクスと同じように思っているかもしれないのだ。
 そうなると、リュシアンのセリアへの好感度は、一体どうなっているのだろう。それが一番切実で大きな問題だ。

「オンディーヌの輪が見つかるまで、精霊様はこの神殿でお守りいたしますので、どうかお許しください」

 神殿からは出るなという意味らしい。
 確かに、オンディーヌの輪がないのに、いかにもな姿の涼太が町中を歩けば、混乱するだろう。人々から祝福を与えてくれと頼まれても、涼太には何もできないのだから。

[ 6/35 ]


[mokuji]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -