04:見えない敵

『桔流 涼太』

 自分の名前をフルネームで呼ばれて、涼太の意識は浮上した。
 しかし、体は横になったまま全く動かすことはかなわず、まるで、金縛りにあっているような気分だった。

『やっぱりそうだ。どうしてこいつがこの世界に……』

 憎々しさを隠そうともしない言葉が、直接脳に流れてきて、涼太の背筋を寒くする。

 この世界、ということは、未だに涼太はゲームの世界にるらしい。
 声の持ち主は、日本での涼太の事を知っているようだが、同じようにトリップしてきた人物なのだろうか。

(俺って、そんなに恨まれてたんだ……)

 憎悪を直接ぶつけられると、かなり堪える。こういった事は初めてではないが、慣れる事はできない。

 ここに来る前は、なるべく目立たず、静かに生活していたつもりだった。しかし、新しく家族になった人達のおかげで、多少、いやかなり騒々しくなってしまったのは否めない。
 リュシアンには負けるが、近年稀に見る美貌の義兄は、その存在自体が嵐を呼んでいたように思う。
 そんな義兄のファンを筆頭に、涼太を疎ましく思っていた人達も、少なからず存在していたのだ。

『けど、本人が現れたのは、俺の願いが叶ったってことだ。やっぱり、この世界は最高だ!』

 今まで恨めしげだった声の持ち主が、急に笑い声をたてて気分を浮上させたようだ。
 情緒不安定なのだろうか。
 涼太は、この声の持ち主が早くどこかへ行くか、もしくはずっと、いや、永遠に黙っていて欲しいと思った。

『何度もプレイしながら、ここでマワされているのが、どうして本物の桔流涼太じゃないのか、どれ程もどかしく思っていたことか。けれど、これでついに俺の願いが現実のものとなる! お前の行く先はBADENDのみ。沢山の人間に凌辱されながら苦しめばいい』

(──なんですと!?)

 大きな独り言を聞きながら、涼太は寒かった背筋をついに凍らせた。
 相手は、かなり陰湿な人間らしい。あのBLゲームの主人公を涼太に見立て、わざわざBADENDにしていた挙げ句、それを本物に対してまで実戦するつもりのようだ。

『こいつはゲームなんてものをやった事もないだろう。ましてやあんなゲームだ。この世界で何も分からないまま、破滅に向かって進めばいい』

(……いやいやいや)

 確かに、桔流家の兄弟は、習い事に他のお坊ちゃんたちとの交流などで毎日忙しそうだったが、後妻の連れ子は暇だったのだ。
 だが、相手のそんな思い込みは、涼太にとっては都合がいいかもしれない。敵は、明らかに油断している。

『それまでは、間抜け面を晒して呑気に過ごしているがいいさ。その顔が絶望に染まる瞬間が楽しみだ。オンディーヌの輪は、お前の手には渡さない』

(俺だってお前みたいな腐れ野郎なんかに、好き勝手させねぇからな)

 絶対に相手の思い通りにはさせたくない。
 そのためにも、BADENDなんてものは、迎えてはならないのだ。

 確か、BADENDはいくつかあったはずだ。
 一つは、攻略対象である隣国の王様に攫われてしまうと、SM凌辱ENDになる。
 もう一つは、神官達に飼い殺しにされながら、日々凌辱され続ける籠の鳥END。
 残る一つは、盗賊に襲われて、散々輪姦された挙げ句に殺されるという、非常にブラックなものだ。

 それらを回避するには、チートアイテムであるオンディーヌの輪を、決して無くしてはならないのだが。

(オンディーヌの輪を渡さないってことは……)

 もはや、手遅れなのかもしれない。

 涼太は、早々にリュシアンに恋してからというもの、リュシアンルートしかプレイして来なかったのだ。
 他のルートの事は詳しくはわからないし、BADENDばかりプレイしてきた敵が相手では、涼太の方がだいぶ分が悪い。
 その上、オンディーヌの輪がなかったなら、涼太は何も出来ないようなものだ。つまり、お先真っ暗なのである。

 とにかく、他にBADEND回避が出来る方法はないのか、必死に考えるしかないだろう。
 精霊は、他国でもなかなか上手く召喚出来るものではないらしく、アーレンスは奇跡的に主人公を召喚した事になっている。だから主人公は、いろんな所から守られたり攫われそうになるのだ。
 その辺りも気をつけた方がいいのだろうか。力は全く使えないのだけれど。
 その前に、精霊の偽物だと言われて、この国から追い出されそうではある。

「これが本当に精霊様なのか?」

 涼太が頭を悩ませていると、今度は耳から話し声が聞こえてきた。
 やはり、疑われているらしい。リュシアンの国から離れるのは絶対に嫌なので、何とか誤魔化されてはくれないだろうか。

 相変わらず動かせない体で、冷や汗をかくような心地でいると、すぐに涼太を助ける言葉が聞こえた。

「この方は精霊様でございます。この見事なまでに美しい黒髪が、それを証明しているではありませんか」
「僕も、この方は精霊様だと思います」

(誤魔化されてくれた人たちがいた! ありがとう!)

 近くにいるのは数人のようだ。
 もしかして、このメンバーの中に涼太の敵、つまり、ついさっきまで聞こえていた言葉の主がいるのだろうか。
 体が動かないのをいいことに、涼太はしばらく聞き耳を立てることにした。

「どうして今ごろになって現われたんだ」
「……それは、僕の力が至らないからです」
「そんなことはない! 神具を失ってみんなが絶望していた時、頑張ってくれたのはセリアだったじゃないか」

(やっぱり、オンディーヌの輪はないんだ……。あんな大事なものは、ちゃんと管理しといてくれよ)

 改めて知らされた事実に、涼太の気分は沈む。

 それに、セリアという名前を聞いて、動かせない眉を顰めたくなった。
 涼太は、ゲームの中のセリアに、てこずらされた覚えがある。

 セリアは、可憐な美少年で、肩の辺りで切り揃えられた濃藍の髪と、同じ色をした大きな目をしていたはずだ。
 生まれた時から貴重な癒しの力を持っており、神殿で大切に育てられていて、なおかつ王族との関わりもある。

 そして、主人公と好感度が高い相手にちょっかいを出してくる、いわゆるライバル的な存在でもあった。
 とにかく彼は、精霊に憧れていると言いつつ、自分が持っている力を使って、主人公がやろうとしている事をことごとく邪魔してくるのだ。
 悪気が無さそうにしているが、涼太からしてみれば、可愛い顔して大概なヤツという印象なのである。

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