02:麗しの王子様 夜の薄暗さの中で、涼太にはその人が輝いて見えた。
銀色の長い髪は、月明かりを浴びて発光しているようだし、白い肌も真珠のように艶やかだった。
近付くにつれ、はっきりとしてきたその美貌を見て、涼太はバリアにへばりついた。
「俺のリュシアン様!」
夢にまで見た相手が、すぐ近くに存在している。
思わず様付けをしてしまうほど、生のリュシアンは涼太にとって神々しく見えた。それは決して、惚れた欲目だけではないはずだ。
リュシアンは、ゲームの主人公を召喚した国、アーレンスの第一王子だ。
一見、冷たそうにも見える美貌とは裏腹に、主人公に対してとても優しい。更には文武両道にも優れており、ファンにはハイスペックスーパー攻め様と言われている。
始めの頃は、涼太の義兄となった人に似ているような気がしなくもなかったが、気のせいという事にして片付けた。
リュシアンは、その煌びやかさの裏では、親子の確執だとか、過去には何度も命を狙われているなど、立場上様々な問題を抱えている。しかし、リュシアン自身は、それを決して表に出すことはなかった。
とにかく、そんな彼が主人公を守っている姿が健気に見えて、心底リュシアンを支えて幸せにしたいと思ったのが、涼太が彼にハマるきっかけとなったのだった。
リュシアンがすぐ目の前に立つと、涼太は思わず後退った。美しすぎて腰が引けたのだ。
一目でも会ってみたいとは思っていたが、ハリウッドスターもビックリな実写版のリュシアンの前で、己の貧相な体を晒してしまっているのが、本当にやりきれない。
せめて、もっと美しい姿で、運命的に出会いたかった。
「……」
桃色の唇を動かしてリュシアンが何か言っているが、全く聞こえてこない。音までシャットアウトされてしまっているようだ。バリアの力、恐るべし。
「……?」
深く澄んだ青い瞳が、思案げにじっと涼太を見つめてくる。
「そそそ、そんなに見ないでください」
どこの乙女だよと、自分自身で言いたくなるくらい、涼太は恥ずかしさのあまり涙目になっていた。
長い髪のおかげで、辛うじて大事な部分は隠せているだろうが、本当にこんな状況は勘弁願いたい。
自分が見捨てられていたわけではないとわかったのは、有り難かったが。
しかし、思わぬ出会いで一気に昂揚していたのもつかの間、泉の冷たさは変わらない。
思い出した寒さに、涼太が身を竦めながら震えると、リュシアンが両手でバリアを叩き始めた。
「あっ、手が痛くなるから!」
頑丈なバリアは、涼太が叩いても結構な痛みを感じたのだ。涼太よりは鍛えられているだろうが、そう何度も叩いていたらさすがに手を傷めてしまいそうだ。
そうしている間に、ゲームで見たことのある神官姿の人たちが現れて、リュシアンと涼太の姿を見て驚いている。それからはてんやわんやの大騒ぎで、神官たちも何やら書物を広げて口を動かしてみたり、バリアに向かって道具を使ってみたりしていたが、相変わらずキラキラしたまま、バリアはそこに存在していた。
涼太は、バリアを叩き続けるリュシアンの手の辺りに触れて首を振った。小心者故に、自分のためにリュシアンや神官たちを煩わせているのが、申し訳なく思ってしまうのだ。
「……ありがとう。死ぬ前にリュシアン様を見ることが出来て幸せだったよ。でもせめて一言、いや、一瞬だけでいいから、リュシアン様の生の美声が聞きたかったけどね!」
神官たちの様子を見るかぎり、涼太は彼らに召喚された訳ではなさそうだ。それはつまり、涼太はイレギュラーな存在なのだから、バリアの外には出られないのかもしれない。
それに、ここで死んだとしたら、もしかしたら元の世界に戻って、やっぱり夢落ちだった、なんてこともあり得る。いや、その可能性に百パーセントかけていた。
ついに、涼太は水の中に座り込んでしまった。ここで倒れたら余計に相手が焦ってしまうと思い、何とか足に力を入れて立っていたが、限界だった。
水浸しになりながら、尚もバリアを叩き続けるリュシアンを見上げる。そうまでして涼太を助けようとしてくれる姿に、心配と申し訳なさとときめきで心臓がおかしくなりそうだ。
「リュシアン様、もういいので、手が傷む前にやめた方が──」
いいですよ、と言い終える前に、リュシアンは鞘から剣を抜き、バリアの上部に突き刺した。
「!!」
目の前で本物の剣を振りかざされて、驚きで腰が抜けそうになる。しかし、頑丈なバリアに剣の方が折れてしまい、その破片で頬を傷つけたリュシアンを見て、涼太は声にならない叫びをあげた。
「リュシアンが、俺のせいで!」
涙目どころの話ではない。
頬から血を流しながらも、拳や折れた剣でバリアを叩くリュシアンを見て、涼太は、早く自分を元の世界に戻してくれと願った。
だが、白い頬を流れるリュシアンの赤い血が、激しい動きで飛び散った時、バリアは呆気なくその姿を消した。
バリア越しではなく、本物の生身のリュシアンが近付く。すぐに暖かい腕に包まれたが、涼太は真っ赤な血から視線を逸らせなかった。
とにかく流れる血を止めたくて、リュシアンの頬に手を添える。すると、みる間に涼太の全身から、リュシアンに向かって何かが流れていくような感覚がした。
急激に力が抜けてしまい、リュシアンの頬から手が滑り落ちる。
そこにあったのは、傷一つない美しく輝く肌だったので、涼太は安心して目を閉じた。
もう、目を開けていられないほど、体が重たくなっているのだ。
最後に目に映った深い青色が、涼太の薄れていく意識の中で、いつまでも残っていた。
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