03:二人の能力者

 甘く、でも爽やかさのある液体が、乾いていた咥内を潤した。

 じんわりと体が温まり、心地よい波がゆらゆらと涼太の体を揺らしている。
 心まで落ち着くような気持ち良さだったが、体は重たく手足を動かすのも億劫だった。

 再び甘い液体が口へと注がれて、ゆっくりとそれを飲み込む。すると、不思議な事に重たかった体が少し軽くなり、思考もクリアになっていく。

 自分は今、どこにいるのだろう。
 涼太が疑問に思ってゆるゆると瞼を上げると、神々しいまでの美貌が目に飛び込んできた。
 間近にあるリュシアンの端正な顔を、涼太は目覚めたばかりのぼんやりした眼差しで眺める。

「お目覚めになりましたか?」

 これまた心地よい美声が耳に入ってきた。
 生のリュシアンの声をついに聞いてしまった。
 飛び上がって喜びたいのも山々だが、如何せん、体は思うように動かないし、自分の状況が全くよくわからなかった。

 彼がいるという事は、もといた世界に戻れなかったという事らしい。
 寒さで頭が朦朧としていたのか、リュシアンが血を流して混乱してしまっていたのか、泉での最後の辺りの記憶があまりないのだ。

 リュシアンの怪我を思い出して視線を送ると、そこには傷一つないつるりとした肌がある。

「精霊様のお力で、傷は癒えました」

 涼太の視線に気付いたリュシアンが言った。
 精霊とは、ゲームの主人公のことだろう。精霊様と呼ばれていた主人公は、確かに怪我を癒す力を持っている。

「私のために、力を使わせてしまいました。あれほどお体が弱っていたのに」

(えっ、俺?)

 リュシアンの視線を受けて、涼太は驚く。
 それでは、涼太が主人公の立場だということになるのだが、間違いではないのだろうか。

「無断で貴いお体に触れてしまい申し訳ありません。冷えきっていたあなたを温めるには、これが一番でしたので」

 そう言われて気付いた。ちゃぷん、と響く水の音、それに次々に立ち上る白い湯気。
 風呂だ。間違いなくここは風呂場だ。
 力のない涼太の体を湯船で支える腕は、密着している麗しの王子様のものだ。

(な、な、な……!!)

 二人とも、薄い布を纏っていたのだが、涼太はそれに気付かない。混乱の極みに達して、あれよあれよと言う間に体から血の気が引いて行き、深窓の令嬢のようにそのまま気を失った。



◇◇◇



 リュシアンが神殿から城へ戻ると、すぐに駆け付けてきた小柄な体が飛び付いてくる。

「どこへ行っていたのですか、リュシアン様! 心配してしまいました」

 しがみ付く体を受けとめて、リュシアンは細い肩に手を伸ばし、宥めるように撫でた。
 彼の藍色の長い髪が、仄かな灯りの中では黒く見える。精霊が持つ黒に近い髪の色は、彼の力の強さを表していた。

「すまない、セリア」

 リュシアンにしがみ付いたまま、セリアが顔をあげる。
 大きな目は潤んでおり、一見黒と見紛う藍色の瞳は、頼りなげに揺らめいている。
 この目に魅了される者が多いことをリュシアンは知っていた。

「……精霊様が、顕現されたのですか? 何となく、精霊様の気配を感じることができました」
「そうだったのか」

 セリアは癒しの力が高い故なのか、時々不思議な現象を起こすことがある。精霊の存在に気付いたのも、そんな彼自身の能力の一環なのだろうか。

「誰が召喚したのでしょう。神殿の人たちではないですよね?」
「ああ。神殿には、精霊様を召喚した者はいなかった」
「大丈夫でしょうか、リュシアン様。もしかしたら、他国が関係しているのかもしれません。オンディーヌの輪がなければ、この国で精霊様の召喚など不可能なのですから。それともまさか、精霊様だと偽っている、なんてことは……?」

 オンディーヌの輪は、精霊の存在になくてはならない神具だ。それぞれの国では、各々特有の神具を所有し管理しているが、この国は、その大切な神具を失ってしまっていた。

 セリアは、不安そうにその眉を寄せる。
 だが、リュシアンからの返答がないため、困惑したように首をかしげた。

「リュシアン様? もしかして、精霊様と何かありましたか?」
「心配する必要はない、セリア。この国を癒し、ここまで豊かにしたのは君だ。精霊様がこの国に降臨されても、誰も君を見放したりはしない。君が、純真な存在であるならば」
「はい、リュシアン様! 僕はいつも、どんな時だって、みんなのことを思っています」

 嬉しげに声をあげたセリアだったが、それからすぐに俯くと、リュシアンの体に頬を寄せた。

「ですがリュシアン様。僕は早くリュシアン様のものになりたいのです。この力を欲しがる人達がいると聞いて、怖くて……」
「護衛を強化させる手筈は整えてあるから安心するといい。それに、君に容易く触れることなど私には出来ない。貴い力を持つ君は、もっと自分を大切にするべきだよ。私のようにね」
「リュシアン様……。では、リュシアン様は、僕を大切に思ってくださっているのですね」

 再びリュシアンを見上げたセリアは、頬を上気させながら微笑んだ。
 リュシアンは、そんなセリアの体をそっと促す。

「夜明けも近い。一晩中待たせてしまったのは私の責任だ。今日はゆっくり体を休ませるといい。それから、今夜の出来事については他言してはならないよ。神具のない今は、無用な混乱が起こりかねない」
「はい。では、精霊様は?」
「神殿で過ごしていただく事になるだろう」
「……そうですか」

 そう言ってセリアは俯き、リュシアンからはその表情を見ることが出来なかった。

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