19

「結斗からは邪魔者にされて、開東にはいいように扱われているんだよ、お前は」

冷えた心臓から、冷たくなった血液が全身に流れていく。
氷で体をがんじがらめにされていくみたいだ。

ブルーグレーの目が、俺に近づいた。
冷たい目。

思い出した。
俺はこれと似たような目を知っている。ずいぶん前のことだったから、忘れてた。

目の前の、凍てついた目からそらせないまま、黒い目を思い浮べる。
今は穏やかに、時には燃えるような何かを秘めるようになった黒い目。
それを思い出したら、カチカチになっていた心臓が、じんわりと温かくなっていくような気がした。


朔からいいように扱われてるだって?
いいように扱っていたのは俺の方だ。
兄貴だってなにを言ってるんだか。
結局、兄貴も朔には抱かれてないんじゃないか。だからって、それを俺のせいにするのか?

「俺がお前を拾ってやってもいい。俺をアベルと呼んでみろ」

俺を拾う?
おかしなこと言ってるけど、こいつが欲しいのは、きっと俺自身じゃないんだろう。

「……やめとく」

そう答えると、ヤツは驚愕の表情を浮かべた。

「なんだと……?」

驚いたまま、まじまじと俺を見る目からは、すでに氷のような冷たさはなくなっている。

「なぜだ、どうして俺の術が効かない!」

そう言いながら、ヤツは俺をベッドへ押し倒した。
それでなんで俺の服を破くんだ!?

「ちょっ、やめろ!!」

ろくな抵抗もできない。
そう言えば俺、まだヘロヘロだったんだ。

ヤツは俺の首筋に噛み付くように吸い付いて、手は胸元をまさぐって痛いくらいに乳首をつまんてくる。

「いたい!……あっ、やめッ、いったあぁっ」
「なんでだ、くそっ!!」
「よせっ、あっんんッ、術って、なんだよ」
「お前を俺のものにする」
「はあ? なに言ってるんだよ!?」
「術が効かないのなら、こうするしかない」
「やめろ! あんた、自分が寂しいからって、やり方が間違ってる」

ヤツは急に動きを止めると、眉間にしわを寄せた怪訝な表情で俺を見た。

「わかったんだ。あんたの氷の目は、あんたそのものだ」
「どういう意味だ……」

その時、部屋の向こうから派手な音がした。それから、続けて大きな音をたてながらドアがぶっ壊れる。

「真緒様がお邪魔しているようなので、お迎えにあがりました」

潰れたドアを踏み付けながら、部屋に入って来たのは朔だった。

黒い目が俺を、詳しくは風紀委員長に襲われている俺を見る。

「スーパーデラックスマツコに素っ裸で拘束した貴様を捧げようか。身の皮剥いで犬の餌になるのがいいか、ああ、悪鬼の生け贄にするのもいいかな。それとも、いっそひと思いに死ぬか?」
「……ただのスキンシップだ」

大きなため息をついた風紀委員長が、俺から離れる。

すぐに近づいてきた朔が、シーツを俺にひっ被せて抱き上げた。
おもいっきり姫抱っこだけど、動けないから仕方がない。
朔は俺を抱いたまま、ドアのなくなった入り口に向かう。

「次に真緒様に手を出したら、鏡見家とそれにつならる者たちが、全力でお前を潰しにかかる」
「ふん。そんなに大事なら、首輪にでも繋いでおけ」

こんなことで、一族は動かないと思うんだけど……。
最後に大袈裟なことを言って、朔は玄関を出た。
玄関のドアも、木っ端微塵になっていた。

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