「あれ、真緒もういいの?」
「この部屋、俺んとこと全然違うよ。広すぎ」
「今度泊りにおいで。お風呂も広いから、二人でもゆっくり入れるよ。ね?」

兄貴が朔に確認するように言うと、朔が頷いた。
つまり、それって、普段は二人で入ってるってことじゃないよな!?

アベルの妄想、お風呂で愛を育むを想像しそうになった。
なんなんだよ、アベルの妄想に感化されすぎだって。

「俺、そろそろ帰るわ」
「えっ、もう?」
「宿題があったの忘れてたから」
「そっか。また来てね」

残念そうな兄貴に申し訳ないと思いつつ、俺は玄関に向かった。

「今度は宿題持って遊びにおいでね。朔、送ってあげて」
「いや大丈夫、一人で帰れるし」

靴を履いていると、朔が近づいて来た。

「一人で帰れるから」

自分の足元を見たまま言うと、朔が身を屈めて顔を近付けた。

「わかりました。ですが真緒様、くれぐれもクロフォードには気を付けてください。あいつは何を考えているのか、わかりませんから」
「わかってるよ。じゃあな」

急いで玄関を出る。
静かな黒い目に見つめられるのが、苦痛に感じた。こんなふうになるのは初めてだ。



朔に甘える兄貴も、兄貴を甘やかす朔も見たくない。
二人のことは大好きだったのに。

朔は、俺にとって守ってやるべき存在だったのが、いつの間にかとても強くなって、守ってくれる存在になっていた。
俺は、朔に依存しすぎていたのかな。

朔が俺が困るくらいに甘やかしてくれたのは、ひとりぼっちだった朔を見つけた俺に対して、恩みたいなものを感じていたからなのかもしれない。
でも朔には、もっと自由になって欲しいって考えてた。

なんて、それって結局きれいごとだったみたいだ。
朔に自由を、とか言っておきながら、朔が俺だけの朔じゃなくなったのが嫌だと思ってる。

朔のことが誰よりも好きで、もっとそばにいたいっていうのが俺の本心だと、今さら分かった。だから、どうしても兄貴に嫉妬してしまう。
そんな自分自身がものすごく嫌で、俺は今、二人から逃げ出した。

「ずいぶん暗い顔をしてるじゃないか」
「うるせえ、風紀委員長。何でいるんだよ」

人の気配に顔を上げたら、案の定、さっき別れた風紀委員長がいた。
からかうために出待ちしてたのか?
じろりと睨むと、奴は肩を竦めた。

「お前たちが散らかしたのを片付けてたんだ」
「あ、ごめん」

俺が謝ると、奴は変な顔をした。

「ふん、壁は直ったからもういい。それより、結斗と開東の同棲生活を目の当たりにしたんだろう?」
「だから、同棲じゃないっての。あんた風紀委員長のくせに、そんなこと言ってていいのか?」
「あんたじゃない。ちゃんと教えただろ」

奴の目が俺を見るので、俺は視線をそらした。
こいつの目は、あんまり見ちゃだめな感じがする。

「忘れた」
「ふん、開東に何か言われたか。だが安心しろ、もうお前に下手は打たない」
「はあ?」
「わかっていないな、まったく。結斗を手に入れるために、お前を利用しようと思っていたんだよ」
「なっ、そんなこと……!」

なんてことを考えていやがったんだ、こいつは!
思わず顔を上げると、奴は薄笑みを浮かべながら俺を見ていた。

「開東がお前に忠告したのも、余計な手間をかけさて、結斗に迷惑をかけさせないためだろうさ」
「そんなこと、いちいち言われなくとも分かってる!」

俺が言い返すと、奴は楽しそうに笑った。
すっげえ性格悪そうな笑い方に見える。実際、性格は悪いんだろうけど。

「俺が利用するのをやめたのは、開東を出し抜く手間を惜しんだわけじゃない」
「あんたが関わってこないなら、何でも嬉しいよ」
「誰が関わらないと言った? それから、あんたじゃない、アベルだ。俺のことはアベルと呼べ」

愉しげに見つめてくるブルーグレーを睨み返して、俺はさっさと奴から離れて自分の部屋に向かった。
何がアベルだ! マジふざけんな!

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