迫ってきた唇が、俺に触れる寸前、詠唱する低い声が聞こえてきた。
アベルが俺から飛び退くのと同時に、冷たかった俺の体が、温かい腕に包まれる。

朔だ。
朔が来てくれたんだ。

「真緒様に触るな」
「開東! 校内で攻撃するなっ。危ないだろうが!!」

すぐ横の壁に穴が空いていて、その穴を中心に放射線状にヒビが入っていた。

「お前がおかしな真似をするからだ」
「ただ挨拶していただけだろう。開東もわざわざご苦労なことだな」

顔をしかめたアベルが、肩を竦める。
仕草が一々大げさだけど、さっきまでのおかしな雰囲気は、全く感じられなくなっていた。

「何があったんだ!? 大丈夫か?」

その時、慌てふためきながら、先生がこっちに向かって来た。
これって、朔が怒られるんじゃないのか? 思いっきり壁壊してるし。

「朔」

俺は焦って朔を見上げたけど、朔は穏やかに微笑むだけだった。






「それで、先生は怒るどころか、あとは僕がやっておきますから、って言ったんだ。生徒同士で力を使っちゃいけない決まりじゃなかったっけ?」
「ああ、石澤先生は朔のファンだからね」

そう言って、向かいに座っている兄貴はクスクスと笑った。
それに合わせて、綺麗な黒髪がさらりと揺れてる。

俺は今、兄貴の部屋にお邪魔していた。
壁穴事件の後、そのまま朔と一緒に遊びに来たんだけど、なんかこの部屋の階だけ、雰囲気からして全然グレードが違うんですけど。

久しぶりに対面した兄貴はすごく喜んで、ケーキやらお菓子やら、美味しそうなものをたくさん出してくれた。
田舎では味わえなかった高級菓子に、俺は興奮ぎみに食い付いている。

「クロフォードが風紀委員長だし、多分彼に手伝わせてるんだと思うよ。彼は職務に忠実だし、原因は彼が作ったんだしね」

アベルは、クロフォードってのがファミリーネームらしい。
てか、風紀委員長? 委員長なのか? あれで。
だから、さっさとあの場から去ろうとしてた俺たちを睨んでたんだ。

「真緒様、クロフォードに近づいてはなりませんよ」
「うん。俺、あいつ苦手」
「真緒でも苦手なんだ。いい人なのに」
「結斗様は騙されているんです」
「朔も嫌ってるんだよ。最初からお互いにケンカばっかりしてるし。それより真緒、友達は出来た? 真緒は誰とでも仲良くなれるから、大丈夫だと思うんだけど」

兄貴にきかれてお菓子を食べていた手が止まる。
友達、できにくそう、てか、できる気がしない。

しかも朔と壁穴現場から離れる時に、遠巻きに俺たちを見ていた生徒がいたのに気付いた。
大騒ぎしてたのを目撃されて、ますます友達作りから縁遠くなった気がする。

「この学校は特殊だから、慣れるまでは大変かな?」
「まあね。今までとは勝手が全然違うけど、大丈夫。何とかなるよ」
「困ったことがあったらすぐに言うんだよ」
「結斗様に言う必要はありませんよ。真緒様が困った時は俺に言って下さい」
「もう朔! 僕だって真緒から相談されたいよ」
「結斗様、今はまだ本調子ではないでしょう」
「僕は大丈夫なのに。朔は僕の心配ばっかり」
「結斗様はお倒れになったばかりではないですか」

兄貴がムッとしながら朔を睨む。

「俺、別にそうそう困ったことになんかならないから大丈夫だって! それにしても、この部屋広いから見学してもいい?」
「あ、うん、いいよ」

椅子から立ち上がった俺は、いくつかあるドアに向かった。
やっべぇかなり挙動不審。

「結斗様は根を詰めすぎです」
「だって、仕方ないだろ」

背後で始まったやり取りにため息を押し殺しながら、違う部屋の中に入った。
なんか、俺ってお邪魔虫みたいじゃねえ?

でも、あの時アベルが言ってた、兄貴の心も体もっていうのは誤解だ。
兄貴と朔が、そんな関係にはならないはずだし。

でもまぁ、あんな風に人前で痴話喧嘩みたいなことをしてたら、誤解されるのも無理もないんだろうけど。

「それにしても、広いよなぁ」

豪華な部屋なのは、役員の特権らしい。これなら、二人で生活しても余裕だよな。

家具だって、俺の部屋よりも立派なものが並んでる。
広いベッドを見て、アベルが言ってた妄想が兄貴と朔で再生されそうになって、慌てて部屋から飛び出た。

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