わるいこだあれ 落ち着いてくると緋川を始め残してきた人達が気になっていた。 あんな不機嫌丸出しな態度に呆れているだろうが、まずは謝罪しなければと黄瀬と一緒に戻ったカフェにはまだ皆残っている。 すいませんでした、とペコリと頭を下げて謝ると皆、いいから気にしないでと笑って許してくれた。 藍田さんと一緒に帰りたいっス!と駄々をこねる黄瀬が、中野に叩かれているのに苦笑しながら緋川と共に車に乗り込む。 「ね、璃乙。黄瀬君って良い男だね」 「…そうですか?」 イケメンという意味かと思い疑問系で返した。 「年上だから頼れるとか男らしいって訳じゃないんだよね。年齢は関係なくて、要はその男次第ってこと」 「はぁ…」 白戸のことをやんわりと指摘しているのか、黄瀬を持ち上げているのか判断しかねて間抜けな声を漏らす。 緋川を自宅前で降ろして自分のマンションの駐車場に着くと携帯に着信が入り、バッグから取り出すと鈴木からだった。 「…璃乙ちゃん、今、いい?」 「うん、家に着いたとこだから」 「あのね…今日の話し合いに璃乙ちゃんを呼ばなかったのは、緋川さんと黄瀬君に言われたからなの」 勿論、私は璃乙ちゃんにも居て欲しかったよ。 そう呟く声には涙が混じっていて、こちらまで切なくなる。 「…そうだったんだ」 「それから…私のお腹の赤ちゃんの父親なんだけど、」 「マナちゃんが言いたくないなら、いいんだよ?」 「ううん。同じ業界の人だから言い辛かっただけ。あの二人には止められたけど、私の話を聞いてくれた璃乙ちゃんには言っておくね」 緋川と黄瀬が璃乙には聞かせたくなかったであろう、その名前を鈴木から聞いて頭が一瞬、真っ白になり「璃乙ちゃん?」と何度か呼び掛けられて我に返る。 地元で別れた彼氏が忘れられず寂しさに堪えきれなくなった時に現れた大人の男性に惹かれた。「僕がマナを一流のモデルにしてあげる」そんな甘言も業界歴の長い男だからと素直に信じて、不倫なんてと悩みながらも関係を続けていたと鈴木は語った。 「私よりずっと大人で頼れる人だと思ってたけど、今回の件で目が覚めた」 「そっか…。マナちゃん、何かあったら何時でも電話して」 鈴木と話し終えると緋川に短いメールを送ってから、携帯で相手を呼び出し車を再び走らせていた。 何時も逢瀬に使っていた見慣れたシティホテルに入り、エレベーターが上昇する度に怒りが込み上げてゆく。 「璃乙から呼び出すなんて珍しいね」 「白戸さん。新人モデルを妊娠させて知らばっくれて、よく平気でいられるね」 「…マナがばらしたの?それとも黄瀬君かな?」 「黄瀬君が彼氏…お腹の赤ちゃんの父親だと思わせるような写真撮らせる為に、わざとマナちゃんを車で送らせたんでしょ?」 「聞き捨てならないな」 スクープ雑誌の記事はたれ込みが一番多いと聞いたことがあるし、煙草を持つ手がピクリと動揺を見せたのを璃乙は見逃さない。 「マナちゃんを傷付けて、黄瀬君を陥れて…まともな大人の仕業とは思えない。あり得ない最低」 「僕が一番愛しているのは璃乙だよ」 「…嘘つき」 「そんなに怒るなんて…璃乙も僕との子供が欲しいの?」 「触らないで」 煙草を灰皿で消した白戸に手首を掴まれて振り払うも、更に力を籠められて顔色が変わる。 「嫉妬したんでしょ?可愛いな璃乙は」 「やだ、やだっ!」 ダブルベッドに押し倒されて白戸に馬乗りになられると、体格と力の差は明らかでこれは本気でヤバいと璃乙は焦り出した。 「璃乙、今夜は子作りしようか」 「ふざけるな!」 近付いた顔に頭突きをかました衝撃で璃乙が着けていたカチューシャがパキンと二つに割れて落ちる。 思わぬ攻撃とダメージに揺らいだ脇腹を蹴り上げると、素早くベッドから降りていた。 カチューシャのおかげでかなり和らいだとはいえ頭突きのダメージを璃乙も受けたが、こんな奴の好きにさせてなるものかと椅子を頭上に持ち上げる。 「痛た…。璃乙?」 「もう全部終わりにしよう、白戸さん。私…自由になりたいし、ちゃんと幸せになりたい。朝まで…、好きな人には隣に居て欲しい」 「僕を捨てるの?」 「フン…。どうせそのうち私も捨てるつもりだったんでしょ。おらっ!」 「ひいぃっ!?」 振り下ろした椅子を避けた白戸は真っ青で、怯えた顔で璃乙を見上げている。 「今まで私がどんなに寂しかったか、知らないでしょ。それなのにアンタは呑気に奥さんと子作りとか、マナちゃんに手を出して妊娠したらバックレるとか、しかも今度は私を孕ませるとか、ざけんな。この種馬野郎が!」 「うわあっ!危ない!」 「ちゃんとマナちゃんに謝れ」 椅子をブンブン振り回して威嚇すれば、泣きそうな白戸が震える手で携帯を持った。 鈴木もこんなゲス野郎と話したくないだろうが、万一中絶手術となれば相手の承諾書が必要だ。 しどろもどろで謝罪するのを全て見てから、璃乙は椅子をやっと床に降ろす。 「ちゃんと謝ったよ。だから璃乙、僕を捨てな…がふっ!」 椅子を降ろしたのを見て油断していた白戸の頬っぺたに渾身のパンチをしてから、璃乙は自分のバッグを肩にかけた。 「さよなら、白戸さん改め種馬ゲス野郎」 「璃乙っ」 「…今後マナちゃんに近付くな、関わるな。それから黄瀬君にセコい真似したら、去勢してやるから」 啜り泣きを聞きながら足早に部屋を突っ切り、ドアを閉めてエレベーターに向かっていた。 20130307 |