アールグレイと秘密のシロップ



酔った璃乙に童貞を奪われた黄瀬が泣きながら部屋を出て行く、なんて乙女な展開はナッシングで仕方なくシャワーを勧めれば「レディファーストなんで」と返されてのろのろと重い身体でバスルームに向かう。

熱めのシャワーを頭にかぶってから、お気に入りのシャワージェルで身体を洗っていると、突如頭に浮かぶ光景に動揺してスポンジを落としそうになった。


(ね、セックスしよ?)
(その前に舐めてあげる)
(私が上に乗るからいいよ)

何を言ってるんだ、私。
ドン引きMAXな黄瀬君を無視してシャツを脱がすとか、ズボン下げるとか何しちゃってんの私?

これは飲み過ぎた翌日に記憶の断片がフラッシュバックする現象だが、今までにも何回かあるがこんな卑猥な光景は勿論初めてで、自分の台詞や行動に目眩を感じる。


「…どうしよう」

濡れた髪をガシガシと乱雑にタオルで吹きながら部屋に戻ると、黄瀬は落ち着かなそうにちんまりとソファーに座っていてちょっと可愛いかった。
これを着てとメンズのTシャツとスウェットパンツを渡しバスルームに消えるのを見送る。
朝っぱらから男が一緒にいる状況は何だか不思議だが、取り敢えず熱い紅茶が飲みたくてお湯を沸かした。

着信を告げる携帯を見れば白戸からのメールで、ちゃんと自宅に帰ったかと心配をしているような短い文面を冷めた目で確認した。
バカ飲みした元凶である男は昨晩のパーティーに元モデルの妻を同伴していて、しらっと璃乙を「期待の新人スタイリストだよ」と紹介したのだ。
前日のベッドの中では一言も妻を連れてくる事は教えてくれなくて、情けないのと悲しいのとごちゃ混ぜな気分になってしまった。


「藍田さん、お風呂ありがとうございました」

じわりと涙を浮かべていると風呂上がりの黄瀬がひょっこりと戻っていて、慌てて目を擦りながら振り返る。


「あ、黄瀬君、紅茶飲む?」

砂糖抜きでお願いしますと言われてサーバーからティーカップにアールグレイを注ぐのをじっと見られて気恥ずかしい。
一口飲んでから黄瀬はおもむろに話し出す。


「あの…。藍田さんは何も覚えてないみたいだけど」

「え、あ、うん」

「もしかして、ちょっとは記憶あるんスか?」

「…ほんのりと」

と答えた途端に黄瀬はポン、と効果音が付きそうな勢いで頬を赤らめた。


「じゃあ…、あの、アレも?」

「アレって?」

アレな事しか覚えていないので一応確かめるように聞けば色白のせいか更に赤くなって口ごもる。


「オレ、ゴム持ってなくて。そんで無理って言ったら藍田さんが、」

「私が、何?」

「……生で構わないって」

初体験の高校生に中出しして良いと言ったとか、私ビッチと思われてもおかしくないと璃乙は絶句して頭を抱えた。


「オレ、タイミングとか解んないし、すげーヤバかったけど、その…。全部外に出したから」

だから安心して欲しい、と真剣な声が耳に届いて顔を上げると、声色同様に真摯な表情は少しだけ大人っぽく璃乙の目には映った。
高校生にこんなに気を使わせる駄目な大人である自分に凹んで紅茶で潤ったはずの口内はカラカラだ。
新創刊の雑誌で黄瀬のスタイリングを担当するのは師匠の緋川なので当然、アシスタントの璃乙だって顔を合わせる羽目になる。


「オレ、気まずくなるの嫌なんで。今後も今までみたく仲良くして欲しいっス」

「…うん、こちらこそ。よろしくお願いします」

こちらが言いたかったことを先に言って貰えて有難いと、安堵しつつ答えてから立ち上がりベランダに足を向けた。
サッシを開けて持ってきた煙草に火を点すと黄瀬も後を追ってくる。


「吸ってるの、あの人と同じ煙草なんスね」

肯定するように吐き出す白い煙が流れるのを見ながら、黄瀬はその事実を知っていて昨晩自分を抱いたのだと知り申し訳ない気持ちになっていた。


20130120


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