やさしくして・やさしくさせて



翌日の撮影が終わったのは夕方で黄瀬から夕食に誘われて、璃乙は自分のマンションに招待した。
お手軽鍋セットを渡辺から貰ったので黄瀬にご馳走しようと思ったのだ。

真空パックのスープと具材を入れるだけで直ぐに出来上がった鍋を二人で突っつく。
モデルだからとカロリー制限している訳でもない黄瀬は、見た目に似合わぬ食欲で締めの雑炊までしっかりと完食していた。


「ご馳走様でした」

手を合わせた後にはいそいそと土鍋や茶碗を流しに運んで洗ってくれる。
今時の若者はマメだなぁと感謝しながら、ベランダで一服して部屋に戻ると黄瀬はスマホを眺めていた。


「…なんか寂しいっスね」

三月には卒業式でバスケ部の先輩が居なくなると、悲しそうに呟いている。
今日は会った時から元気がないのが気になっていたので鍋に誘ってみたのだが、その理由が本人から吐露されてちょっとだけ安心した。
ソファーに深く座る黄瀬の隣に並ぶとふわりとフルーティな香りが鼻先を擽り、続いて小さな頭が璃乙の肩に乗っかっている。


「もっと先輩達と一緒にバスケやりたかった」

「…うん」

黄瀬はWC前から練習に専念してモデル業は休んでいて、セミファイナルの試合は観戦していないが、スポーツ新聞でその激闘は璃乙も知っている。
バスケをよく知らないので何を言えば良いのか解らずに、ただ黙ってサラサラの金髪を撫でてやった。


「今日の藍田さん、優しいっスね」

「黄瀬君が何時も私を甘やかしてくれるから、そのお返しだよ。今日は元気ないから心配してたんだ」

「藍田さんにはお見通しだったみたいっスね。そんなん言われたら…もっと甘えたくなる」

「仕方ないなぁ。今日は特別だからね」

「え、」

戸惑っている黄瀬の頭をゆっくりと自分の膝に移動させていた。


「なんかママになった気分」

「……オレ、子供じゃないし」

子供よりは弟みたいで可愛いなんて璃乙は思っていたが、多分世間の姉弟は膝枕なんかしないだろう。
記憶にないとはいえベッドを共にして、でも告白はさせずにこんな風に触れ合う二人の関係は、通常の友達の垣根は越えていて本当に奇妙だと思った。


「あー…、なんかこのまま寝ちゃいそう」

「少しならいいよ。起こしてあげるから」

流れる金髪を撫でていると伏せた長い睫毛を僅かに震わせて黄瀬は拗ねた口調で呟く。


「やだ。せっかく藍田さんと一緒なのに、寝たら勿体ない」

甘え上手だなと璃乙が苦笑すると黄瀬は、瞳を閉じたままで撫でている方とは別の手を探しあてて掴み、自分の口元に誘い手の甲に優しくキスを落とした。


「やだ、くすぐったいっ」

「……」

引っ込めようとした手を逃さずに今度は璃乙の手のひらに押しあてた黄瀬の唇は静かに動く。
それはたった二文字で、でも彼の気持ちの込められた、多分この前も言わせなかった言葉だろう。


「黄瀬君、」

「藍田さんにだけだよ…、こんな気持ちは」

膝の上から琥珀色の瞳に見上げられて、璃乙まで切なく胸を締め付けられるが、それでも今は応えられない。
黄瀬に惹かれているし、一緒にいる時間は癒されるし、甘やかしてくれる。
が、彼の気持ちを踏みにじった上で甘えて、白戸と上手くいかない時の逃げ道、まるでシェルターみたいに利用している気がしていた。

正直先に肉体関係を持ったことで素直になれずにこれが恋愛感情なのか、単に情が沸いただけなのか判断出来ないのが本音だ。
こんなゆったりと二人で過ごす時間が無くなるのは、きっと寂しいに違いないと惜しむ自分はズルい女だと自嘲して、滑らかな頬を撫でてやる。


「黄瀬君、元気になった?」

「はいっス。…でも、あんまし元気になると、藍田さんを困らせちゃうかも。健全な男子高校生を舐めないで欲しいっス」

「ドヤ顔で変なこと言うな」

「痛っ!すみまっせん!調子に乗りました!」

ふに、と頬っぺたを摘まむと涙目で謝る姿はただの高校生だが、年下でも男なので璃乙より力はあるなんて解っていながら、部屋に上げたのは黄瀬を信用しているからだ。


「オレ、藍田さんの嫌がるコトはしないっスよ?」

「解ってる」

黄瀬に更に気を許して、じゃれあう楽しい一時を満喫しているのが今は心地好かった。


20130301


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